先住民グルゾには私有の概念がなく、肥沃な土地に育つ動植物と共に平和に生きていた。一年を通じて、甘酸っぱいコンクの実がたわわに実り、おとなしいヤクがのんびり草を食んでいた。そして至る所にクルソンの木が自生していた。クルソンとはグルゾの古いことばで薬木を意味しているのだが、クルゾ人はそれを万能薬として用い、何かあると、その樹皮を剥いで口に入れた。するといい気持になり、たいていの病気は治ると信じられていた。要するにグルゾ人にとっての自然は自分の命そのものであり、この身体と一体の切り離すことの出来ないものだった。すべては満たされていたのだ。
そこにセブ王が砂漠の民を引き連れてやって来た。無欲のグルゾ人は訳もなくセブ王の支配を受け入れた。その上砂漠の民は生きる事にどん欲だった。野生のヤクを柵に押し込め家畜化して多量のミルクと干し肉を作るようになった。草原を切り開き、そこにコンクの株を植え付け、広大なコンク畑を造り上げた。そしてクルゾの秘酒だったコンク酒を大量に作り始めた。そしてまた一方で、クルソンの木を『マラー(神木)』と称して王家の管理下に置いた。クルソンの樹皮には幻覚作用があったのだ。そのためにセブ王は、その木を独占しようとして、自生しているクルソンの木をすべて切り倒し、王家の領地以外での栽培を禁じたのだ。こうしてセブ王は王権を確立してクルゾ人を支配下に置いた。
その一方、グルゾの不満をそらすために、範囲を限って市民の自治を許した。後のことになるが、警察や学校は市民に委ねられた。そしてグルゾと砂漠の民の融合を奨励したのだ。
セブ王のもくろみは成功した。クルゾの無欲の思想は、砂漠の民のもたらした豊かな社会の中で訳もなく消え去ってしまった。グルゾの文化は完全に砂漠の民に吸収されてしまったのだ。
そして悲しいことに、死ぬる者も生きる者も皆同じ世界に共存しているというグルゾの素朴な思想はいつしかクルゾ自身からも忘れられてしまったのだ。
「死んだものが一緒にいるなんて、ちょっと考えられません。」エグマが言った。
「この国の人間は、皆そう考えておる。お前さんが考えているような世界が常識なのだとの。」
「常識じゃないのですか。」
「常識じゃよ。」
「だったら、パルマの言うことはおかしいわ。」エミーが言った。
「だからその常識は、セブ王が作り出したってことなんだよ。」カルパコがエミーに言った。
「若いの、カルパコとかいったな。お前はなかなかいい頭をしておる。人間は、の、その柔軟な頭こそ必要なのだよ。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、」パルマは嬉しそうに笑った。
「すると、世の中は生の世界とか、死の世界とか、そういう区別などない一つの世界から出来ているとおっしゃるんですか。グルゾの考え方が正しいと。」カルパコは頬を赤らめて話の先を促した。
「そういうことだの。そういう世界にセブ王が砂漠の民を引き連れてやって来たのだ。砂漠の生活は厳しいものでの、人々はいつも死の恐怖にさらされておった。有名なランバードの山越えは、の、死の世界から逃れて生の地を求める冒険の旅だったのだ。そのため砂漠の民は生に対する激しい執着と同時に、死に対する強い恐れを持っていた。セブ王は、この地にその生と死という対立する二つの世界を持ち込んだのだ。」
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