のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

第 三 部  五、生けにえ (青い玉)

2014-12-28 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

青い玉

 

 始祖王がウイズビー王子を打ち取ろうと山刀を振り上げたとき、パルマの厳しい声が聞こえた。

  「やめるんだ、ヴォウヅンクロウゾ!」

 「ぐぐぐ、なぜその名を。」

 始祖王が振り上げた山刀を止めてパルマの方を見た。その瞬間にウイズビー王子はゲッペル将軍の手を振り払って逃れた。

 「何もかも分かっているのだ。だがもう終わりだ、ヴォウヅンクロウゾ。」

 「お前は何者だ。ぐぐぐっ、」

 「お前とともに生まれたものだ。」

 「何だと、」

 始祖王の体から黒い霧があふれだし、王の体にまとわり付いて小刻みに揺れた。

 「もう王の体を解放してもよかろう。これ以上ばかな真似はやめるのじゃ。」

 「死にたいのだな。わしの恐ろしさ、見てみるか。」

 「始祖セブ王よ、私の体、欲しいのならくれてやろう。」王子が呼びかけた。

 「やっとその気になったか、ウイズビー。グワッ、グワッ、」

 「ただし、条件がある。」

 「なんだ、条件とは。」

 「青い玉はどこにある。どこに隠したのか教えてくれ。」

 「ググワッ、グワッ、グワッ、それは言えぬ。」

  「ならば、王の体と共に滅びるがよい。」ウイズビーがきっぱりと言った。

 「ヴォウヅンクロウゾ、お前に王の体が必要な事はすでに分かっている。しかしその体、後いくばくももつまい。儀式は破られた。もはや王の体への執着を捨てるのだ。素直に青い玉を差し出すのだ。」パルマが呼びかけた。

 「うるさい、ならば皆殺しだ、わしの恐ろしさ見るがよい。グググワッ!」

 始祖王の体から猛烈な勢いで黒い霧が走り出た。王の間があっと言うまに闇になった。その闇の中からウイズビーのうめく声がした。

 「ううっ、苦しい!」

  「ひーっ、始祖王様、た、助けて下さい。苦しい。」

  将軍ゲッペルまでもが、闇の中で悲鳴を上げた。

  「皆殺しにしてやる。」地の底から沸き上がるようなおぞましい声が聞こえた。

 「やめるんだ、ヴォウヅンクロウゾ!」

 パルマの声がした。同時に、二つの体が発光して闇の中から浮かび上がった。パルマとパルガだった。その光は次第に強く輝き、闇を追い出すように室内を照らし出した。見るとゲッペルが床に倒れていた。もともと骸骨だけの体だったゲッペルの体がノッペリと溶け出していた。そしてガクガクぎこちない動きをして床をはい回っていた。ウイズビーの服はぼろぼろになっていた。ヴォウヅンクロウゾの黒い邪鬼が食い荒らしたのだ。

 「邪魔はさせぬ。」

 「ヴォウヅンクロウゾ、あの声が聞こえぬか。」

 「何、」

 「愛をうたう強い声じゃ。」

 「愛じゃと、愚かな。この世は憎しみだけだ。」

 ヴォウヅンクロウゾがうめくように言ったとき、王城の中庭から、確かに歌声が聞こえて来たのだ。それはヅウワンとエミーの歌声に違いなかった。澄み切った声が絡み合って少しずつ王の間を振動させていた。

 「こ、これは何だ。」

 歌声は誰にも気づかないところで、始祖王の体とヴォウヅンクロウゾの魔性を少しずつ分離させていた。それこそが愛の波動だったのだ。始祖王の中で、愛と憎しみの波動がぶつかって新たな波動が生まれていた。

 「どうした事だ、な、何が起こったのだ。ググググワッ、」

 「始祖王、青い玉のありかを教えて下さい。世界を救えるのはあなたしかいないのです。」

 「黙れ、ウイズビー、わしを拒否した罪は重いぞ。」

 ヅウワンとエミーの二重唱はやがて城を揺るがすような大合唱になった。その歌声は膨大なエネルギーを放って、ヴォウヅンクロウゾの魔性を根底から揺さぶり始めた。

 「グググワッ、ググワッ、苦しい・・・い、一体何が、」

 始祖王は床にうずくまり、胸を押さえて苦しみ始めた。

 「王の体を解放するのだ。ヴォウヅンクロウゾ。」

 「ち、畜生!畜生!畜生!グググググワッ、」

 

 みよこの尽きぬ喜びを

 聞けこの胸の高鳴りを

 今や来たれり我が救い主

 とわの命を喜びに

 凍てつく苦難も消え去りぬ

 今や来たれり

  今や来たれり

  今や来たれり

  おお

  我が救い主

  今や来たれり

 

 始祖王は顔を引きつらせて苦しみ、床を転げ回った。両手で頭を抱え、胸をかきむしった。腐肉が指の間からぼろぼろとこぼれ落ち、無残な姿に変わっていった。始祖王の額に刻み込まれた王家の紋章が赤黒い紫色に膨れ上がり、どろりと溶けた。

 「ギヤアアッ、苦しい。」

 歌声が絶頂に達したとき、始祖王の体から、黒い魔性がぐるぐると渦を巻きながら飛び出して来た。

 始祖王はぼろぼろになって床に倒れ、動かなくなった。ウイズビー王子が駆け寄り始祖王を抱き起こした。

 「王よ、」

 「ウイズビー、お前の勝ちじゃ。」始祖王の弱々しい声が聞こえた。

 「しっかりして下さい、王よ。」

 そのとき、渦巻いて飛び上がった黒い魔性は槍のように飛んだ。そしてうずくまっているゲッペル将軍の体に侵入した。

 「ギギギギギ」

 将軍がバネで弾かれたように起き上がり、剣を抜いて王子の背後を襲った。

 「待てっ!」

 そこにバックルパーと宰相ゲッペルが踏み込んで来た。バックルパーはとっさに紐に回転を与えて投げた。紐はくるくる回りながら将軍の足に絡み付いた。その勢いで、将軍は頭から床に倒れ込んだ。首が折れて頭蓋骨がごろごろ床に転がった。頭蓋骨はそのまま王の寝台の縁に当たって止まった。あごの骨をガクガク鳴らしてゲッペル将軍はバックルパーと宰相ゲッペルをにらみつけた。宰相ゲッペルは歩みよってゲッペル将軍の首を拾い上げた。

 「我々の勝ちです。将軍、どうかもう、安らかに眠って下さい。」

 「カーッ」

 将軍の頭蓋骨が叫ぶと、その口から黒いものが吐き出された。ゲッペルはその黒い魔性にすっぽり覆われてしまった。ゲッペルは床を転げ回って、黒い霧から逃れようとした。しかし霧はゲッペルにまつわり付いて離れなかった。

 「いかん、姉様。」

 パルガがパルマに注意を促した。

 「よし、任せておけ。」

 パルマは人差し指を一本高々と天に差し出した。そこに小さな渦巻きが起こり、その渦がカラスの姿に変わっていった。そのカラスの群れが、ゲッペルに群がっている黒い霧に向かって舞降り、無数の小さな邪鬼をついばみ始めた。邪鬼は一斉にゲッペルの体から離れ、カラスの群れと揉み合いを始めた。

 ヴォウヅンクロウゾは始祖王の体から離れてより所を失った。その分、激しい怒りと執念を空中に発散させて魔性を膨らませ始めた。

 始祖王はウイズビー王子の腕の中で見る見る衰えていった。王子はそっと始祖王を抱え上げ、その体を寝台に運んだ。

 始祖王は、紙切れのように軽かった。始祖王の腐肉は完全に崩れ落ち、かさかさに乾いた骸骨だけになった、それでもうっすらと、額の上に王家の紋章が読み取れるのだった。

 「王よ、あなたは今解放された。」

 「王子様、」後ろにエミーが立っていた。

 「おお、エミーか、頼みがある。この哀れな王のために安らぎの歌をうたってもらえまいか。」

 「王子様、」

 「王は民を守ろうとした。それから何百年も、一度として安らぎを覚えた時はなかったろう。国民には非情な王だったかも知れぬが、王もまた苦しんでいたのだ。それが私には分かるのだ。」王子は始祖王の骨の手を握りしめた。

 「分かりました。」

  そう答えて、エミーは王の前に膝をついてうたい始めた。王の苦しみを胸に描いた。地下牢の中で見た光景が浮かんで来た。その苦しみと同じ苦悩が王の心の中に見えた。民を救うために悪魔に身を捧げた。そのためにランバード王国は栄えたが、苦しみは王の心の中に残ったままだったのだ。

 エミーは自分の心に始祖王の心を移し込み、そこから生まれる理解の思いを言葉とリズムに乗せて歌い出した。王のための歌だった。       

  始祖王は崩れ行く体を小刻みに震わせていた。始祖王にとって、気の遠くなる歳月の間忘れていた感動が、再びやって来たのだ。その感動が体全体を揺さぶり、体がさらさらと砂のように崩れ始めた。

  「わしのベッドの中じゃ」

  始祖王は小さな声でそう言い残すと、王子の手の中でさらさらと崩れ、白い粉だけが王子の周辺に残った。一陣の風がその粉を吹き飛ばした。

  エミーと王子は両手を合わせて、始祖王のための祈りを捧げた。そして王子が始祖王のベッドを調べた。するとまさに、そこから目も覚めるような青い玉を発見したのである。

  ウイズビーは青い玉を天にかざし、それを皆に示した。

  「おお、よくやった。」

  「万歳!」

  「ついにやったぞ。」

  パルマやバックルパーは口々に叫んで喜んだ。ゲッペルは自ら持っていた赤い玉を差し上げ、ウイズビーに応じた。王の間に赤い玉と青い玉がそろった。それが互いに生々しい光を発していた。それはあたかも二つの玉が互いに呼び合い、反応し合っているように見えた。 

  「いよいよじゃ。パルガ、大丈夫か。」

  「姉様、こんな傷、たいした事はありませぬ。この二つの玉、見事融合させて見せましょう。」

  「頼むぞ。」

  しかし、パルガの背中は痛々しい程傷口が開いていた。ヴォウヅンクロウゾの魔刀に切り裂かれたのだ。パルガははた目にも、立っているのがやっとのように見えた。

  「カルパコ!」

  突然エミーの悲痛な声が王の間に響いた。

  カルパコは山刀の刃を自分の体に突き立てた。その傷口からおびただしい血が流れてカルパコの腹部を血糊の色に染めていた。エミーは床に倒れているカルパコに気づき、駆け寄ってその事態を知ったのだ。

 「カルパコ、死なないで!」 

 エミーはカルパコの体を揺さぶった。カルパコはうっすらと目を開けた。そこにエグマとダルカン、それにバックルパーがやって来てカルパコを取り囲んだ。

  「カルパコ、私よ、エミーよ、やっと会えたのに。」

  「エミー、俺は、俺はばかだった。」

 「そんな事言わないで、カルパコ、しっかりするのよ。」

 「すまなかった、」

 「カルパコ、しゃべらなくてもいいの。分かっているわ、分かっているのよ。私こそ、あなたの気持に気づかなくてごめんなさい。」

 カルパコの目に涙が浮かんだ。

 「カルパコ、頑張るんだ、生きるんだよ。」

  ダルカンとエグマがカルパコの手を握り締めた。

 「カルパコは私の首を切れと命じられたのだ。だが私を切る代わりに、自分の体を切って、ヴォウヅンクロウゾを追い詰めたのだ。ヴォウヅンクロウゾは私の命を吸い取る事で生き延びようとした。しかしそれをカルパコが封じたのだ。礼を言う。」

   ウイズビーがカルパコのそばに寄って言った。

 「王子様、」カルパコがうつろな声をあげた。

 「カルパコ、そなたは素晴らしい働きをした。」

 「エミー、」カルパコの瀕死の声だった。

 「なあに、カルパコ。」

 「俺達が初めて聞いたヅウワンの歌・・・、」

 カルパコは粗い息をして、最後まで言葉をつなぐことが出来なかった。バックルパーの仕事場で、ヅウワンがバックルパーのためにうたっていた歌の事だと、エミーは瞬間に理解した。

 「いいえ、わたしは私の歌をうたうわ、あなたのために、ねえカルパコ。」

 エミーはそう言って自分の膝にカルパコの頭を乗せ、そして静かに歌い始めた。エミーの歌は優しさにあふれていた。

 カルパコに対する心の迷いは消えていた。ただあるがままに心に浮かぶイメージを丁寧に追いながら、エミーの歌は静かに綴られていった。

 カルパコは目を閉じてその歌の波動を受け入れた。波のように襲ってくる傷の痛みさえ、その歌のリズムの中で癒されるように思われた。死に対する不安はエミーの包み込むような優しさの中で、まどろむように消えていった。

 

 風わたり、仄かな香りの漂うように

 私の思いが届くなら

  春の陽が、若葉に花を咲かせるように

  あなたの心が暖まるなら

 野原はきっと雪が消え

 黒い大地に光が踊る

 大地に実る命のように

  あなたはいつか素晴らしい

 青葉の茂る大樹となって

 青い小鳥に憩いを与え

 天使のようにほほ笑むでしょう

  天使のように

  うたうでしょう

 

  カルパコはエミーの膝の上に頭を乗せて、安らかな表情を取り戻していた。しかし傷口からは鮮血が今もにじみ出ていた。

 エミーが歌い終わった時、パルガが倒れた。背中の傷は思ったより重症だったのだ。パルガが動けなければ、赤と青の二つの玉を打ち破る事が難しくなる。ヴォウヅンクロウゾはそれを見抜いてパルガに攻撃を仕掛けたのかもしれなかった。

 「パルガ、しっかりするのだ。」パルマは心配そうに言った。

  「ああ、神様。」エミーが神に祈った。

  「あ、あれは!」そのときダルカンが天井を指さして言った。

 皆は一斉にダルンカンの指す方を見た。天井がほのかに明るくなって、そこに巨大な人の姿が幻のようにおぼろげに現れ出たのだ。その姿は、あたかも部屋の中をそっくり抱きかかえるように、両腕を広げているのだった。その人影がどんどん縮んでいくように見えた。次第に小さくなっていくに連れて、その人影は、逆にはっきりと輪郭をもつようになってきた。

  「ジル!」ウイズビーが叫んだ。

 「おお、」

  目の前で変化して行くジルの姿に、皆は言葉を失ってただ見つめていた。

 「ジル、生きていたのか。」ウイズビーが歩み寄った。

 「私は死んではいない。」

 ジルはウイズビーに答えると、真っすぐカルパコの方に歩みよった。そしてカルパコの傷口に右手を当てた。

 白い光がジルの手のひらから発し、カルパコの傷がピンク色に変わった。すると見る間にざっくりと口の開いた傷がふさがり、カルパコの腹部は完全に癒されたのだ。

 「ああ、ジル、神様、」

 エミーは胸がはち切れんばかりの驚きと喜びに、立ったり座ったりしてなすすべがなかった。カルパコはそんなエミーの騒ぎをよそに静かに眠っていた。

 ジルはそのままパルガの所に歩み寄った。

 「やっと来てくれたか。」パルマが言った。

 「再生に少し手間取りました。」

 「よい、時間がないのだ、パルガを頼む。」

 パルマは倒れているパルガを見て言った。

 ジルは床に倒れているパルガの背中に左手をかざした。するとパルガの傷もカルパコと同じように白い光の中で癒されていった。ジルはパルガの中に、あらん限りのエネルギーを注ぎ込んだ。するとその度に、ジルの太った体が小さくなっていくように見えた。ジルの体が小さくなるにつれて、その体は白く発光し始めた。ジルのエネルギーがパルガの体内に吸収されると、やがてジルは握りこぶし程の大きさになり、ついに光と共にパルガの中に消えたのだ。

 エミーもバックルパーも、ダルカンもエグマも、ウイズビーもゲッペルも、そして目覚めたばかりのカルパコも、皆が光の中で行われている不思議な光景を無言で眺めていた。

 パルガは自ら発光する体をゆっくり持ち上げた。

 「姉様、もう大丈夫じゃ。さあ、玉を」

 「頼むぞ、パルガ。」

 そのとき、王宮の外から、悲鳴が聞こえて来た。悲鳴はやがて恐怖の叫びに変わっていった。

 

 

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