
長いあいだ己とは何かという問いを続けてまいりました。
そのもっとも根源的な部分で、たった一つ揺るがない私の信仰があります。
心はエネルギーだということです。
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【信仰】
《名・ス他》 神・仏など、ある神聖なものを(またはあるものを絶対視して)信じたっとぶこと。そのかたく信ずる心。
(Googl検索画面より)
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私のいう信仰とは、上の意味から言えば、(神聖なもの=宇宙空間)に対するもので、特定の宗教を目指しているのではありません。
しかしそれは、様々な宗教に対する信仰を否定するものではありません。昇ってゆく道が少し違うだけで、それは必ず頂上でひとつになるのです。
どんな方法であれ、頂上を目指すためには、そのゴールを指し示す羅針盤が必要です。
なぜなら人の心は生まれたときから闇の中にいます。その一方で心は、無限の方位に進む力を持っているからです。闇の中を進むために羅針盤は不可欠だということです。
そしてこの羅針盤こそ、私たち人間の共通の装置。世の中にあるすべての考えの基本となるものだと思えるのです。
宗教、無宗教。有神論、無神論。どんな立ち位置にいる心にも、その根っこにあるたった一つの装置、それが羅針盤であり、そこにはどんな違いもないのだと私は思います。
心は闇の空間の中に浮かんでいると考えても、あながち間違いではないでしょう。
そんな心が生きていく(正しい道を進む)ために羅針盤が必要だということは言うまでもないことですが、私は、自分探求の旅の中で、その羅針盤が人の心の中に組み込まれていることを知りました。
その羅針盤はどこにあるのかと問われれば、それは身体と心。つまり私たちは丸ごと羅針盤そのものだと答えましょう。
その羅針盤は常に「今この瞬間」を指示しているのです。
地上ではコンパスが役に立ちます。それはどんな場所にいても、針が正確に南北を指示してくれるからです。
しかし心の羅針盤ははそれでは役に立ちませんね。宇宙空間に東西南北は意味をなしません。
心の羅針盤は、その代わりに「今この瞬間」を指示してくれる。
人は誰でも、この羅針盤に気付いたとき安心が得られる。
私の一人旅で見えてきた風景を、お伝えしていきたいと思います。
うまくお伝えできるかどうか・・・・・、
もはやその心配がなくなったのです。
必要なら起こる。
ただ身をまかせてみましょう。
私が実践するナウイズムです。
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