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入り口に立って見回すと、その奥まったカウンターに座っている客の顔が正面から見えた。カウンターに囲まれた厨房では、ひょうきんで律儀そうな板前が忙しそうに立ち回っていた。
私達が入っていくと、彼は喉もとまである黒い前掛けにあごを深く埋めて馬鈴薯の皮むきを始めるところだった。まるで前掛けの上に鉢巻をした丸い頭を乗せたような格好でその胸元で機用に包丁を使いながら、その板前は利依子に話しかけた。
それは実にさりげなく親しげであり、里依子もまたそれに答えた。
このカウンターのもう一つ奥には座敷があって、みせの賑わいはそこからも伝わってきた。
入り口から程なくカウンターに座ると、後ろの壁には漁に使うガラスのブイや、網などが所狭しと架けられており、そうした様々な古びた装飾が、饒舌気味ではあったが、店の雑然として薄暗い洞窟のような感じによく調和していて私の気にいった。
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