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船と網、そして礒の香りが海の男を連想させるものだとしたら、その香りの失われた質素な忍路の港に清廉な少女の面影を感じたとしても、それはあながち私の一人合点ということにはならないだろう。そんな事を考えながら私はこの港を胸一杯に開いて眺め渡した。
するといつしか、私は里依子を思っている自分に気付いた。
この港が里依子を呼び起こしたのではなかった。無論それを否定するととは出来ないけれども、それ以上に私の心に強く響いたのは、この港を里依子と共有しているという思いであった。
それはたとえば、私の傍らで里依子が頬を染めて立ち、肩を並べてこの湖のような港を眺めているような、あるいは里依子が忍路の内海に溶け入って私の前にあり、柔らかく語りかけてくる、そんな絡みつくような感覚だった。
その思いは何の根拠も理由もなかったが、しかしそれでも、その時の私を納得させる力を持っていた。
私はただ忍路に立ち尽くしながら、漠然とした心の流れの中で今はっきりと里依子を意識しているのだった。そしてそのことが訳もなくうれしく思われるのだった。
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