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学生たちが三々五々、グループで下りてくる。彼らは私を見て決してよそ者とは思わないだろう。私はきっと商大の学生のように見えているに違いない。彼らとすれ違うたびに私はそう思った。
私は何気ない顔をしてキャンバスに入って行った。学舎は春休みのためであろう、学生の姿はなく閑散としてほとんどその入口は施錠されているようだった。
それは先ほどのすれ違った学生たちの活気からは想像できなかった静けさだった。門に守衛が一人車を洗っている。そしてそれだけが動いていた。
門をくぐって中ほどまで行くと、予期していなかったことであったが、左手の方に古びた木造の校舎が見えた。するとさらにそこから少し奥まったところにも同じような建物があって、一方は二階建、他方は同じような二階建だが、その中央に時計台を思わせるような棟屋が乗っている。その三階部分は何となく意味ありげな形をしていて私を惹きつけた。いずれも明るい若草色のペンキが塗られ、それがいたる所ではげ落ちている。この二棟は同じ時代からやってきたと思わせる一つの雰囲気を持っていた。
それは確かめるまでもなく、伊藤整が描いた当時の校舎そのものだろうと思われた。若草色の校舎は無残にも朽ちるままに置かれてはいたが、かつて伊藤整が覚えた「粋な」感じをいまだ伝えていて、私はわけもなく「若い詩人の肖像」の世界に引き込まれていくのだった。
建物は細長い校舎で、妻入りの様式を取っており、積雪を考慮して作られたのだろう入口のドアは地面から膝のあたりの高さにつけられている。そしてそれは古びて歪み、うまく納まらずにそのまま開放されていた。
私は注意深くドアを引きあけ、馬をまたぐようにして敷居を超え、その中に入った。するとそこは昭和初期の匂いが満ちていた。
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