
私は爽やかな気分で自分のペースを取り戻して歩き始めた。
するといくらも行かないうちにパン屋があった。ちょうど昼時であったし、小林多喜二をまた思い起こさせたので、私は一度通り過ぎた店の前を折り返してそのパン屋に入って行った。
中は薄暗く、外光に焼けた目にはすぐにその店の様子が分からなかったが、奥に人かげが動き、ようやくそれが店の女主人だとわかった。
私はパンを買い、その場でほおばりながら、小林多喜二の生家を知りませんかと聞いてみた。
実はうちなんですという答えを期待していたが、女主人は心得顔でこのあたりにはないと教えた。それはもっと、あの山を越えた処で、まだ雪が深くて行けないだろうと言った。
その女主人が指さした山は、小樽商科大学のある辺りから少し右手のあたりに見えていた。その小さな山頂は、小樽の明るい日差しの中にあって対照的な、中間色に沈んでいた。
老人の話が本当なのか、店の女主人が正しいのか、それを確かめるほどの情熱を持ち合わせていなかったために、私はこれ以上の追及を諦めた。それは最後のパンの一切れを口に運んだ時だった。
店を出て、私は再び老人が教えてくれた道を上って行った。二十分近く上っただろうか、ようやく山の中腹に差し掛かり、その高台に建物が見えてきた。それが小樽商科大学の敷地に違いなかった。そのすぐ下にも学校があって、伊藤整によれば庁立商業学校であるのだろう。



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