
ひとしきり小樽の話が続き、男は今夜すぐ隣の『えびすや』に泊まっているのだと言った。
もしや、札幌駅の案内で親切な係員にここを教えられたのではと訊くと、男は驚いたようにそうだと言って頷いた。
実は私もなんですと言えば大げさにのけどって笑った。私達はその係員の特徴を語り合い、どうやら同じ人だということで頷きあった。
すると板前がカウンター越しに声をかけてきた。
「みなさん『えびすや』に泊まっているお客さんですか」
私たちが頷くと
「それなら先に言ってくれればよかったんです。この店はえびすやさんには特に贔屓にしてもらっていますから安くしときますよ」
板前はいくらか並びの悪い、しかし白くてきれいな歯を見せて笑いかけた。そこに女性も加わってきて、賑やかな談笑が続いた。
やがて店の二人は仕事の手を動かしはじめ、言葉少なになって行った。そして中年の男がのそりと立ち上がり、「明日社用がありますので私はこれで。」と言って店を出て行った。
そして無言が訪れ、私は自分の世界に入り込んで脈絡なく里依子のことを考え始めるのだ。
酒が苦くなり、程なく私も店を出た。外はしんとして冷え込み、動くものはなかった。



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