十一、赤ちゃん星
スケール号は暗黒星雲の入り口にいた。
艦長の意識が集中して高まり、その一瞬、スケール号はピンクの銀河、メルシアの前から、メルシアのおなかの中にある暗黒星雲に縮小しながら移動したのだった。
乗組員達は軽いめまいを起こしている。まだこの瞬間移動に慣れていないのだ。
それにしても、艦長は短いあいだによく成長した。スケール号の究極の性能を、ついに引き出す事が出来るようになったのだ。素晴らしい。
もちろんまだ、不安はあるが、これから経験を重ねて行けば、もっと自由自在にスケール号を操れるようになだろう。
博士は自慢の子供を見るように目を細めて艦長を見た。
操縦室では、作戦会議が開かれている。スクリーンには暗黒星雲の断面図が映し出されている。先程、レーザーを使って周辺の状態を調べたものだ。
黒い雲の中に、蜂の巣のようにいくつもの部屋があって、その中に赤い点が映し出されている。赤い渦巻に包まれた星の赤ちゃんが表されているのだ。
「これを見てくれ。」博士がスクリーンの画面を切り替えた。
「これは暗黒星雲の中を動いて行くエネルギーの流れを表したものだ。この緑色の部分がエネルギーを表している。」
緑色の光が暗黒星雲の中をくまなく巡って行き、星のまわりに渦巻を作っている。
「このエネルギーの流れがおかしいとメルシアが言ったのだ。」
「流れ込んでいる量が少ないと言ってましたね。」
「邪悪なエネルギーを感じるとも言っていたでヤす。」
「他に何か気づいた事はないかね。」
「博士、よく見るとエネルギーの流れにむらがありますね。」
「これは何だスか。」
ぐうすかが指さした所は、暗黒星雲の端にあって、どうした訳か異常にエネルギーの流れが大きいのだ。エネルギーを表す緑の光が重なってまぶしいぐらいに明るく輝いている。
「均等に流れるはずのエネルギーの川が、何かの原因でせき止められたり、流れが変わったりして・・・・、明らかにこれは病的だな」博士が独り言のように言った。
「血管が詰まっているのかもしれませんね。それであそこにエネルギーが溜まったままになっているのではないでしょうか。」ぴょんたはお医者さんらしい発言をした。
「暗黒星雲の中のエネルギーが、ほとんどここに集まって行っているようですね。」艦長が言った。
注意深く観察すると、スクリーンの緑の光は、川に立ち込める霧のように全体を覆いながら、ゆっくり同じ方向に向っているのがわかる。
「これは確かにおかしい。調べてみる必要があるな。」
「エネルギーを独り占めにしているようでヤす。」
誰よりも非科学的なもこりんの意見だったが、確かにそういう見方をすると、スクリーンの光景が違って見えてくることに皆が気付いた。
たくさんある星の赤ちゃんの中で、一つだけ特に大きな渦巻を持っているものがある。そこにどんどんエネルギーが流れて行って、他の赤ちゃん星の方には、ほとんどエネルギーが行き渡っていないのだ。
「赤ちゃん星にほとんど栄養が行かなくなったと、メルシアが言っていたが、その原因はこれかも知れない。」博士が言った。
「よし、まずあそこに行ってみよう。」
艦長はそう言ってスケール号に思いを送った。
「ゴロニャーン」
スケール号は暗黒星雲を大きく迂回しながら、目的の場所に向かった。暗黒星雲をほぼ半周すると、にわかに周辺のガスの流れが速くなった。
「艦長、すごい量のガスが流れているでヤす。」
「これは思った以上に大きいな。」博士が言った。
「艦長!見て下さい。」ぴょんたが叫んだ。
突然、ぽっかりと巨大な闇の空間が広がったのだ。その広さは今まで見てきた、赤ちゃん星のいる空間の、何十倍も大きなものだった。
驚いたのはそればかりではない。その闇の空間には、いくつもの赤ちゃん星が、ほとんど裸のままで、青白く浮かんでいたのだ。赤ちゃん星を包んでいた赤い渦巻はどこにもなかった。
「これはどういう事なんだスか。」
「赤い渦巻が見えないでヤす。」
「おかしい。ここはいちばんエネルギーが集まっていた場所のはずだ。それなのに逆に赤い渦巻がないというのはどういうことなんでしょう、博士」
「・・・・・・・・」博士は無言だ。
「まるで、ゆりかごをはぎ取られてしまったようですね。」艦長は独り言のように言った。
「メルシアの言っていた事はこれだったのだ。」ようやく博士が口を開いた。
「博士、どういう事ですか。」
「赤い渦巻がなくなっているのは、エネルギーの流れが変わってしまったためだ。何かの強い力が働いていて、この辺りのエネルギーがみなその方向に流れて行ってしまっているのだ。この広い空間は、蜂の巣のように空間を仕切っていたガスさえも、その力に引き寄せられてしまったためだろう。」
「なるほどだス、部屋の仕切りがなくなったために、たくさんの赤ちゃん星が一つの空間に浮かんでいると言う訳だスね。」
「一体どういうわけなんでヤすかね。これが病気でヤすか。」
「調べて見なければ分からないね。」
「かわいそうに、これでは赤ちゃん星達は、みんな死んでしまいますよ。」ぴょんたが心配そうに言った。
丸裸になった赤ちゃん星は元気なく、ふるえている。
闇の中に浮かぶ哀れな星達は、今にも消え入りそうな青白い光を放っていた。その光は、悲しげなリズムでゆれているのだ。
「そう言えば、この暗黒星雲から聞こえて来た不思議な声がありましたよね。」ぴょんたが言った。
「あの、ハハハハハハって言うやつでヤすか。」
「そうそう、あの声にはいろんな感じがあったでしょう。あの中の悲しげな雰囲気は、この赤ちゃん達の泣き声だったのかも知れませんね。」
まさにその時、その声が、スピーカーから聞こえて来たのだ。弱々しく、消え入りそうな声だった。
「ハハハハーハハハハーハハハハー」
「しーっ」ぴょんたが耳を立てて、口に指をあてた。
みんなは注意をスピーカーから流れてくる宇宙の声に向けた。
「この声は、私達に何かを伝えようとしているのではないでしょうか。意味は分かりませんが、でも、気持ちが伝わってくるようです。」
「うむ、ぴょんたの言うとおりかもしれないな。」博士が言った。
「助けを求めているのだスか」
「きっとそうでヤす」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
ねんねんころころ
ねんころりん
ねんねんころんで
ねころんで
ねんねこねこねこ
ねんねしな
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
ぴょんたが子守歌を唄った。
「ハハハーハハハーハハハーハハハー」
「艦長、赤ちゃん星が返事をしているようでヤすね。」
「よし、みんなでもう一度子守歌を唄って見よう。」艦長の号令でスケール号の中は子守歌の合唱になった。
ねんねんころころ
ねんころりん
ねんねんころんで
ねころんで
ねんねこねこねこ
ねんねしな
「ハハーハハーハハーハハーハハー」
弱々しかったが、その声は確かに、子守歌に反応している。青白い赤ちゃん星に、ほのかな赤みが現れたように見えた。
スケール号は何度も子守歌を繰り返しながら、赤ちゃん星からはぎ取るように流れて行くエネルギーの流れを追って、奥へ奥へと進んで行くのだった。
つづく
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宇宙の小径 2019.7.24
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空っぽの自然
谷間に花が咲くように
人もまたひそやかに生きている
だれにも知られず
また知られようとも思わない
あなたの内面の奥底には
そんな
ゆったりと流れる自然がある
あるがままに
生きている
人もまた自然のままに生きているのだ
心臓が鼓動し
血液は体内をくまなく巡っている
呼吸は自然に繰り返され
食物は体内で知らないうちに消化されている
この身体の営みに
人為的なものは何もない
あなたは
自分の身体を
自分の思い通りにすることは出来ないだろう
胃は勝手に食物を消化している
心臓は血液を送り続ける
心を空っぽにしたら
そんな自然が
見えてくる
宇宙につながる
自然が
そこに確かにあるのだ
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