「きれいだス」
「こんなにきれいなことろだったのでヤすね。墓場だなんて言って、すまなかったでヤす」
皆は一様にこの美しい風景に魅了されていた。
湖の中州に、神ひと様のいる病院があった。といっても建物が在るわけではない。青々とした木々が茂り、そこからまっすぐに向こう岸まで歩道が伸びていた。皆が歩いてきた道だ。
その道を女性らしき人が歩いてくる。手に何かを持っていた。
「わしの妻じゃよ。」
「神ひと様に奥さんがいるのでヤすか。隅に置けないでヤすな。」
皆はわらいながらも、信じられないものを見るような顔をした。盆を持って現れた奥様は、メルシアそっくりだったのだ。
「メルシアは奥様だったのですか。」
ぴょんたが皆の思いを口にした。
「何の話しじゃ?」
「いえ、神ひと様、我らがピンクの銀河を訪れたとき、姿現しをした面立ちが奥様そっくりだったものですから、皆はちょっと混乱しているようです。なに、私にはわかりますよ。神ひと様がそれほど奥様を想っていらっしゃるということですからね。」
博士が片目を瞑って、いたずらっぽく笑て見せた。神ひと様も黙って苦笑する。
神ひと様の食事を運んできた奥様はきょとんとして、成り行きを見ていた。
「この方たちは地球からやってきた、もとひとの民じゃ。地球から命がけでやって来てくれたのじゃよ。ありがたいことじゃ。おもてなしをしたいのじゃがの。」
「それでしたら、喜んで。」
ほどなく、御馳走が運ばれ、神ひと様の二人の子供たちまで集まってきて美しい湖の中州は大宴会になった。
「神ひと様、ひとつ気になったことを聞いていいですか。」
艦長が思い出したように質問した。
「何だね」
「ヒト族は神として生きねばならぬと言われましたよね。しかもそれが苦悩だと、・・・あれはどんな意味なのですか。それに、私たちもヒト族なのなら、つまりこの私も神として生きなければいけないということなのですか。」
「よく覚えていたの。大事なことじゃ。よく聞くがいい。」
そう言って神ひと様は遠い目をした。その一瞬間をおいてから静かに話し始めた。
「この世界は物と空間で成り立っておるのじゃ。」
神ひと様は最初に自分を指し、そして自分の周りの空間を指さした。
「そこで物の一番小さな形はなんだかわかるかの?」
「この身体は原子が集まってできていると、博士から聞いただス。」
「そうじゃ。この身体はその小さな粒でできておる。それが太陽族なのじゃ。太陽族にはそなたたちをつくる原子もいるし、このわしの身体を造っている天の星もいる。皆仲間なのじゃ。
大きさは違うが皆同じ心を持っているのじゃ。大きさの違う場所で、協力し合って、細胞を造ったり銀河をつくる。太陽族はみな、同じ目的を持って心をひとつにして生きているのじゃ。」
「ピンクの銀河メルシアも、同じようなことを言ってました。」艦長が言った。
「そうじゃろう、その銀河族も同じなのじゃ。わしの手足は、銀河が集まってできておる。そなたたちの手足はたくさんの分子が協力してつくっているのじゃ。銀河も分子も皆おなじ仲間という訳なのじゃ。
銀河族もまた、おなじ目標を持って皆で力を合わせて我らヒト族をつくってくれておるのじゃよ。誰一人誰も悩むものはおらぬ。銀河族は正しいことしか知らないのじゃからの。」
「そうだスか」
ぐうすかがすかさず合いの手を入れる。言うまでもない。見かけ倒しの業だ。
「ところが、ここからが大事なことなのじゃが、我ら、ヒト族はどうじゃ。ぐうすか。」
見かけ倒しの業は時として、己を窮地に追い込むことがある。今のぐうすかがそれだった。
「ヒト族だスか。ヒト族が何かするのだスか。・・・・」
「ま、そんなことじゃろう。分かったかの。我らヒト族には、共通の目的を持たされていないのじゃよ。太陽族や銀河族のように、皆が一つの目標に向かおうと思う心があるわけではないのじゃ。なぜかわかるかの?艦長。」
「そうか!完成したからですよ。積み上げていく間は、皆仲間で完成させる目標があるのですけど、完成したら、その完成品が一つだけあって、誰と力を合わせることもないですよね。積み木と同じです。」
「その通りじゃ。我らヒト族はみな完成された存在なのじゃ。我らが支え合ってさらに大きな生き物をつくり出すというような目標がないのじゃよ。
それは逆から見ると、我らは完全なる自由を与えられているということじゃ。我らは完成された神として生きねばならぬのじゃ。すべて己で決め、己で考え、己で生きてゆかねばならぬ。これは苦悩じゃ。神ゆえに我らは苦悩を持たされているのじゃよ。」
「神ひと様、私たちヒト族に目標はないと言われましたが、皆でしあわせになるという目標は持てるじゃないですか。みんなで楽しい学校をつくると決めたら、いいのでしょう。」
ぴょんたが張り切って言った。今度の学級委員長に立候補するつもりなのだ。
「だけどぴょんた、皆が同じ考えを持つとは限らないぞ。チュウスケのようなものをどうするんだ。」
艦長が茶々を入れた。
「神ひと様、よくわかりました。だからこそ、私たちヒト族は、互いに手を携えながら生きていかねばならないということですね」
博士が取り留めのない話にけりをつけるようにまとめてくれた。
「スケールこそ違え、我らの意識はこの空間の中にある。」
「そして空間はただ一つなのですね。神ひと様。」
「そうなのじゃ、そしてスケールは空間の力なのじゃ。」
「わかります。その力を理解さえすれば、私たちはいつもひとつになれる。」
「苦悩は喜びに変わるのじゃ。」
「神ひと様、会えてよかった。」
「もとひとの民よ。わしもこの日を忘れぬ。」
こうして、長い対談は終わった。
いつの間にか、お腹のふくれたスケール号の乗組員たちは、子供たちと遊びに興じていた。難しい話は博士と神ひと様に任せておけばいい。
奥様の発案で、街の見学に出かけた子供たちだったが、お土産を手に持って帰ってくると再び、昼寝から覚めた幼稚園のようになった。
「さあ、もう帰りましょう。」
陽が西に傾くころ、母親が子供たちの手をひいて、帰っていった。楽しい宴会も終わったのだ。
「どうします、博士。」艦長は博士にこれからどうするかを聞いた。
「帰りたいだス。」
「帰りたいです。」
「帰りたいでヤす。」
隊員達はみな、地球に帰りたがった。神ひと様の家族を見て、家のことを思い出したのだ。
「今回の旅はここまでだな、艦長、地球に帰るとしよう。」
「やったー。」みんなは喜んだ。
「神ひと様、どうかお元気で。」
「そなたたちも、無事で帰るのじゃぞ。」
「ありがとうでヤす」
帰れると分かって、乗組員たちは元気はつらつ。挨拶を交わし、我先にスケール号に乗り込んだ。
「ゴロニャーン!」
最後にスケール号がお別れの挨拶をすると、
夕暮れのお花畑の世界を蹴って跳び上がった。神ひと様の姿がオレンジ色に輝いて見えた。その一瞬、神ひと様の目にはスケール号は煙のように消えた。いよいよ地球に帰るのだ。スケール号は神ひと様の汗腺に飛び込んだ。
つづく
ここまで読んで何故か浦島太郎の話を思い出してしまいました。
地球に戻った彼らはどうなるのでしょう?
ハッピーエンドになるのか?
もしかして・・・・・、って考えすぎですよね。
長いあいだお付き合いくださいましてありがとうございました。
あもなくスケール号は地球に帰還しますが、浦島太朗と違って、スケールの旅は時間が動かないので^す^
今この瞬間を無限の大きさに向かって旅するものは、瞑想する聖人の心を体験して帰ってきます。
ですから、スケール号の面々も、明日にはお母さんの御馳走にありついている事でしょう。
今回、旧作を手直ししながら連載いたしましたが。旧作の頃から随分自分が変化したことを実感しつつ、スケール号と心をともにしてきました。
お蔭で、五次元(スケール)の考え方が、より深く私の心に定着したように思います。
この物語の本当の結末がハッピーエンドになるのかどうかは、たくさんの人の心にお任せするしかありません。
宇宙の民のしあわせを、願うばかりです。