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円相(色即是空・空即是色)
1
私は
宇宙から生まれた
この宇宙と
縁のない存在ではあり得ない
それなら素直に
己は
宇宙だと
認めればよい
宇宙ならば
必ず
絆を持っている
私と
宇宙をつなぐ
赤い糸だ
・
科学が見つけたそれは
物質の根幹にある
エネルギー
そこに
糸を見出したのだ
・
・
宗教が見つけたそれは
人智を超えた
神
現人であれ無であれ
その上に人はない
救われの
民
その
神と民の間に
赤い糸が
ある
・
・
・
私の思い描く
赤い糸は
輪
五次元の描く円相
色即是空
〇
空即是色
般若心経の一節
だが私は
学者でも宗教家でもない
つまり
般若心経を知らないし
般若心経の信仰もない
それは
研究の対象でも
崇拝の対象でもないのだ
それが
私に自由をくれた
色即是空
空即是色
この円相を
己の言葉として思い描く自由だ
この自由のおかげで
私は
意味そのものに
なった
誰かに尋ねなくても
色は色だ
権威に確かめなくても
空は空だ
正しいのか?
正しくないのか??
それを問う?
その前に
意味がある
それ以上
何が必要だろう
あるのは
無だ
円相に乗って
空と色を
巡る
螺旋が
成長を約束する
※
色の本性は
変化
変化は時間
時間は
四次元の喜びと苦悩を産み落とす
その苦悩が
色の本性を越えて無に導く
螺旋の力がここにある
空は導かれる
空の本性は
存在
存在は今この瞬間にあり
今この瞬間にしかない
五次元の空間
色を生み出す
母体なのだ
神という現象にある種の力を受け
その力が創造性につながるかなと見え受けますね。
空の思想を言葉で表そうとする働きは
ご自身の問いへの堪え(応え)なのかなと。
この場に及んでUターンして一目散に逃げる訳にはいきません。
いやいや、幾度の接近を試みたいわば仲間、龍といえども慈悲はござろう。
いや、龍とて生き物としてのサガはある。
腹が減っては、さすがに私を一瞬にいして掴み丸飲みしてしまうだろう。
私は目を覚まします。
そこは真っ暗闇。
龍の腹の中で、無傷の己の姿を発見して、慈悲の存在を今確認しました。
龍は私を飲み込んだまま天高く昇って行きました。
____
こんな絵本のストーリーを考えましたよん ♪
誰もが例外なく、生まれたというそのことに意味がある。
単純にそのことを伝えたいし、自分の中でそれを体験したいというのが一番近いかもしれません。
「神」は自分とかけ離れたところからやってくる意味(言葉や応え)ではなく、すでにある己の中に出逢う己自身なんだという思いですね。
自分を生きるということに尽きるのです。
気付くということは「自分の言葉」との出逢いなのです^ね^
素晴らしい解釈でございます。
龍に身を委ねるという、その悟りの境地をストーリーにしていただけました。ありがとうございます。
実際、龍に喰われるという恐れに逃げ惑うのが我々の人情ですが、このストーリは、実は「色即是空・空即是色」の最終話そのものでございます。
sure_kusa様のお株をとりまして、
このストーリ
着想性=50点
論理性=50点
意外性=50点
物語性=50点
100点満点中、200点という意外な物語で超級合格でございます。
ありがとうございました。
重ねて御礼申し上げます。
ポラン亭は瀬戸内海に面した山の尾根にありますので、天気が良かたら正面に小豆島が見えるもです^よ^
天井画の方ですが、素粒子(天体)の渦巻く空間の中心に龍が睨みをきかせているのが胎蔵曼荼羅、画面いっぱいの月の方は金剛曼荼羅をイメージしたものですので、宮澤治様の感想はつながりを感じます。
ありがとうございました。
先日、私はもう一つの日本のエーゲ海?と言われる白崎海岸に行ってきました。
知り合いのコテージに呼ばれ、そこで五次元のレクチャーをしてきました。
よかったら五次元に触れてみません^か^
少しは説明がうまくなってきたように思うのです、もちろん軽く飲みなが^ら^