その女性からのメッセージは、思いあぐねたもののように、途中で書き込みをやめ、その書いた数行の文字をあたふたと横殴りの線で消されていた。しかしその消された文面は、線の下から十分読み取れるのだった。
男はそれを読み、彼女の完結しない、しかも結局は消された自分への批判を取り上げ、反論を書き込んでいる。
「無名の、私への批判者よ」
彼はそう呼びかけ、一層誇らかに自分の考えを示し、息まく長文でそれに答えたのだ。
すると女性の方から、今度ははっきりと自分の考えが書き込まれた。それは消すこともなくノートに残っている。その文章はたどたどしいものだったが、しかし女性の真剣さはよく伝わっていた。
人生はその時々を楽しんで生きていけばいいという男の主張に対して、女性はもっよ自分に正直に、真剣に生きなければならないのではないかというのが彼らの論争の趣旨だった。
そのように主張しながら、女性は自分の思うように生きられない苦悩と迷いを文面ににじませている。それは男の大胆な明朗さとは対照的で深刻だった。
男は女性に対して、その放埓で大胆な姿勢をどうにか保とうとしながら、しかし徐々に彼女の真剣さに引き込まれてゆくようだった。
男の空威張りの大きな笑い声が、一人の素朴で真剣な問いかけにたじろぎ、背中に冷や汗をかきながらなお笑い続けなければならない羽目に陥った男の姿が思い浮かんできて、私は思わず微笑んだ。
HPのしてんてん
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます