徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

漱石と謠曲「熊野」

2015-12-01 16:11:30 | 文芸
 夏目漱石は熊本時代の明治31、32年頃に謡を始めたという。明治38年に発表した処女作「吾輩は猫である」の第一章に次のようなくだりがある。

――(苦紗弥先生は)後架の中で謡をうたって、近所で後架先生と渾名をつけられているにも関せず一向平気なもので、やはりこれは平の宗盛にて候を繰返している。みんながそら宗盛だと吹き出すくらいである。――

 「平の宗盛にて候」というのは謡曲「熊野」の一節で、漱石が最初に謡の稽古を始めたのがこの「熊野」だったらしく、後架つまりトイレの中でさかんに「熊野」の一節をうなり、鏡子夫人や寺田寅彦などから、またかと笑われた経験をこの処女作の中でさっそく再現しているのである。
 現在、熊日新聞で連載されている漱石記念年の特別連載「三四郎」は、今月中旬で終り、続いて「吾輩は猫である」が始まる。昔、読んだ時からだいぶ年齢を重ねて僕自身の視点が大きく変わっており、今度は自分がどんな感受をするのか楽しみである。

▼漱石が謡の稽古を始めた頃住んでいた第三の旧居(水前寺成趣園東隣に移設)



▼謡曲「熊野」をもとにした長唄・舞踊「桜月夜」