白洲正子の紀行エッセイ「かくれ里」の冒頭にこんな一節がある。
――秘境と呼ぶほど人里離れた山奥ではなく、ほんのちょっと街道筋からそれた所に、今でも「かくれ里」の名にふさわしいような、ひっそりとした真空地帯があり、そういう所を歩くのが私は好きなのである。――
このイメージにピッタリだと思うのが熊本市西区松尾町平山にある「岩戸の里」である。平安時代の閨秀歌人・檜垣や剣豪宮本武蔵ゆかりの地でもある。雲厳禅寺の境内のベンチに腰かけて風景を眺めながら往古に思いを馳せ、日がな一日過ごしたいものである。
謡曲「檜垣」の冒頭、ワキの僧の詞には、この絶景を次のように表現している。
――秘境と呼ぶほど人里離れた山奥ではなく、ほんのちょっと街道筋からそれた所に、今でも「かくれ里」の名にふさわしいような、ひっそりとした真空地帯があり、そういう所を歩くのが私は好きなのである。――
このイメージにピッタリだと思うのが熊本市西区松尾町平山にある「岩戸の里」である。平安時代の閨秀歌人・檜垣や剣豪宮本武蔵ゆかりの地でもある。雲厳禅寺の境内のベンチに腰かけて風景を眺めながら往古に思いを馳せ、日がな一日過ごしたいものである。
謡曲「檜垣」の冒頭、ワキの僧の詞には、この絶景を次のように表現している。
これは肥後の国岩戸と申す山に居住の僧にて候。
さてもこの岩戸の観世音は。霊験殊勝の御事なれば。暫く参籠し所の致景を見るに。
南西は海雲漫漫として萬古心のうちなり。
人まれにして慰み多く。致景あって郷里をさる。
まことに住むべき霊地と思いて。三年があいだは居住仕って候。
さてもこの岩戸の観世音は。霊験殊勝の御事なれば。暫く参籠し所の致景を見るに。
南西は海雲漫漫として萬古心のうちなり。
人まれにして慰み多く。致景あって郷里をさる。
まことに住むべき霊地と思いて。三年があいだは居住仕って候。