徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

漱石と下掛宝生流

2016-02-13 17:07:24 | 音楽芸能
 先日の水曜日、NHK-Eテレ「ハートネットTV」では、2月1日に81歳で亡くなった人間国宝の能楽師・宝生閑さんを追悼する番組が放送された。ワキ方・下掛宝生流の家に生まれ、ワキ方一筋に生きてきたその生きざまと、その精神が子へ孫へと受け継がれる様子を映し出した。
 ふだん、能の舞台を見ていても注目するのはもっぱらシテ方。テレビ放送の字幕でお名前を拝見することもあるが、ほとんど初心者に近い僕にとってワキ方は印象が薄い。これからはしっかりワキ方にも目を向けなければ・・・

 ところで、宝生閑さんの御祖父さんにあたるのが、夏目漱石に謡を指導した宝生新さん。漱石熊本時代の明治32年、第五高等学校の教頭に櫻井房記という物理の先生がいて、この方が加賀藩出身で、加賀宝生下掛宝生流の謡のたしなみがあり、漱石はこの方に付いて謠を始めた。その後、ロンドン留学から帰ってうつ状態だった漱石を恢復させようと、友人の高浜虚子(能楽師の家庭に育つ)の勧めで謡を再開する。漱石と虚子の俳句の師でもあった正岡子規が英語を教えていた一人が下掛宝生流の宝生新で、虚子が漱石に謡の師匠として紹介したという。