今年の山鹿灯籠まつり 2023-08-18 21:53:06 | イベント 4年ぶりの通常開催となった山鹿灯籠まつり。久しぶりに見られると思っていたのだが8月初めの義兄の他界。服喪中なので今年も断念した。するとFB友の竹中邦彦さんが動画を撮影して送ってくださった。ありがたい。映像はおまつり広場や山鹿温泉さくら湯の前で行われた「流し踊り」の風景。「千人灯籠踊り」もいいが僕は「流し踊り」の方が地方の音色とともに風情を感じて好きだ。 このまつりは古墳時代、景行天皇の筑紫(九州)巡幸に由来を持つ。天皇一行が有明海から玉名に上陸し山鹿方面を目指したものの濃霧が立ち込めて立ち往生していたところ、里人が松明を掲げて一行を迎え、山鹿の地へ導いたという。その松明が灯籠に形を変えて今日に伝わったという説がある。つまりそもそも道中踊りこそこのまつりにふさわしいともいえる。 竹中さんは現在四国にお住まいだが大学の4年間を熊本で過ごされた方で、彼の大学時代の教授をたまたま僕が存じ上げていた縁で交流が始まった。 #まつり « 漱石俳句あれこれ | トップ | 「みずあかり」から始まった »
6 コメント コメント日が 古い順 | 新しい順 Unknown (chorus-kazeアッコ) 2023-08-18 23:06:50 こんばんは〜「山鹿灯篭まつり」懐かしいです。主人が熊本に赴任中誘って頂いて観たのは20年以上ぐらい前になるんでしょうか。景行天皇が山鹿に寝所(別荘?)があって立ち寄ると言う故事が由来と聞いて女性だけの九州に限るエッセイ募集に投稿して、、、懐かしく思い出しています。やはり優雅で「静」の祭りですね。奇しくも妹の娘が熊本出身の男性と結婚しお義母さまが山鹿の方だそうでより身近に感じます。 返信する Re:chorus-kazeアッコ様 (FUSA) 2023-08-19 10:03:44 ご主人は熊本在勤のご経験がおありの話は以前お聞きしてましたね。20年以上前にご覧になっているんですね。景行天皇の時代は地方の豪族の邸を行在所とされていたのではないかと想像しますが、その行在所が現在の大宮神社のあるところだといわれています。エッセイ募集に投稿!ヘェ~!そんなことがあったんですか。今でも山鹿とのご縁がおありなんですね! 返信する Unknown (小父さん) 2023-08-19 22:03:05 山鹿灯籠踊り ~流し踊り~の動画拝見させていただきました。とても雰囲気がありますね。景行天皇の筑紫(九州)巡幸に由来を持つとは、格調高く思います。有難うございました。 返信する Unknown (chorus-kazeアッコ) 2023-08-20 00:34:28 長文になりすみません。昔「九州交響旅(シンフォニー)」と銘打ってJR西日本の九州に限る女性限定のエッセイ募集があって丁度「山鹿灯籠祭」をみたばかりで町の保存会の人たちが古代人の扮装で天皇の一行が、霧をたちこめる中舟で登ってくるところと川岸で待つ古代人の奉迎儀式などという故事に倣ってパフォーマンスを見せていてこの後古代人たちが松明を持ってそれぞれの神社に行くと言う行事でした。その松明の火を灯籠に展開するそうで街中の若い女性の灯籠を頭につけた浴衣姿や和紙などで作られた、お城や神社の模型が奉納されていたり、伝統行事に魅了されたお祭りでした。お城の殿様の五穀豊穣に因んで始まった「岸和田だんじり祭」は「動」の祭りで、山鹿の「静」お祭りも神事にまつわる事だそうでそんなことをないようにb盛り込んで「山鹿の思い出」というタイトルで書きました。2024名の投稿の中で28名に選ばれました。金賞1名銀賞2名、あと銅賞15名で私は銅賞でした。800字制限を1200字で書いててそれでも入って、母が800字だったら銀賞に入ったかもと言ってくれました💦審査員のお一人に石坂浩二さんもいたとか。 返信する Re:小父さんA様 (FUSA) 2023-08-20 08:47:09 よへほ節の静かで鄙びた曲調から、本来は流し踊りのような形が合っているような気がします。まつり自体は景行天皇巡幸に由来を持つといわれていますが、灯籠踊りには別の由来説があり、戦後になってこれを合体したと聞いています。 返信する Re:chorus-kazeアッコ様 (FUSA) 2023-08-20 08:59:20 JR西日本の九州交響旅というのはかすかに憶えていますが、90年代でしたよね。入賞されたエッセイをぜひ一度読ませていただきたくなりました(^^♪「岸和田だんじり祭」は現地で見たことはありませんが、大好きだった朝ドラ「カーネーション」を思い出します。 返信する 規約違反等の連絡 コメントを投稿 ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。 goo blogにログインしてコメントを投稿すると、コメントに対する返信があった場合に通知が届きます。 ※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます 名前 タイトル URL ※名前とURLを記憶する コメント ※絵文字はJavaScriptが有効な環境でのみご利用いただけます。 ▼ 絵文字を表示 携帯絵文字 リスト1 リスト2 リスト3 リスト4 リスト5 ユーザー作品 ▲ 閉じる コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。 コメント利用規約に同意する 数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。 コメントを投稿する
「山鹿灯篭まつり」懐かしいです。
主人が熊本に赴任中誘って頂いて観たのは20年以上ぐらい前になるんでしょうか。
景行天皇が山鹿に寝所(別荘?)があって
立ち寄ると言う故事が由来と聞いて
女性だけの九州に限るエッセイ募集に投稿して、、、
懐かしく思い出しています。
やはり優雅で「静」の祭りですね。
奇しくも妹の娘が熊本出身の男性と結婚し
お義母さまが山鹿の方だそうで
より身近に感じます。
20年以上前にご覧になっているんですね。
景行天皇の時代は地方の豪族の邸を行在所とされていたのではないかと想像しますが、その行在所が現在の大宮神社のあるところだといわれています。
エッセイ募集に投稿!ヘェ~!そんなことがあったんですか。
今でも山鹿とのご縁がおありなんですね!
とても雰囲気がありますね。
景行天皇の筑紫(九州)巡幸に由来を持つとは、格調高く思います。
有難うございました。
昔「九州交響旅(シンフォニー)」と銘打って
JR西日本の九州に限る女性限定のエッセイ募集があって
丁度「山鹿灯籠祭」をみたばかりで
町の保存会の人たちが古代人の扮装で
天皇の一行が、霧をたちこめる中
舟で登ってくるところと
川岸で待つ古代人の奉迎儀式などという
故事に倣ってパフォーマンスを見せていて
この後古代人たちが松明を持ってそれぞれの神社に行くと言う行事でした。
その松明の火を灯籠に展開するそうで
街中の若い女性の灯籠を頭につけた浴衣姿や
和紙などで作られた、お城や神社の模型が奉納されていたり、伝統行事に魅了された
お祭りでした。
お城の殿様の五穀豊穣に因んで始まった
「岸和田だんじり祭」は
「動」の祭りで、山鹿の「静」お祭りも
神事にまつわる事だそうで
そんなことをないようにb盛り込んで
「山鹿の思い出」というタイトルで書きました。
2024名の投稿の中で28名に選ばれました。金賞1名銀賞2名、あと銅賞15名で
私は銅賞でした。
800字制限を1200字で書いてて
それでも入って、母が800字だったら
銀賞に入ったかもと言ってくれました💦
審査員のお一人に石坂浩二さんもいたとか。
まつり自体は景行天皇巡幸に由来を持つといわれていますが、灯籠踊りには別の由来説があり、戦後になってこれを合体したと聞いています。
入賞されたエッセイをぜひ一度読ませていただきたくなりました(^^♪
「岸和田だんじり祭」は現地で見たことはありませんが、大好きだった朝ドラ「カーネーション」を思い出します。