「おくりびと」は“命”や“死”を中心的なテーマとして描いているが、もう一つのテーマが“食”である。この映画には“食”のシーンが重要なシーンとしていくつか出てくる。大悟が初めてもらった日給で買った山形牛を妻の美香と食べるシーン。初仕事でショックを受け、美香が準備したつぶした鳥の姿を見て嘔吐するシーン。納棺の後、遺族からもらった干し柿を車の中で食べるシーン。大悟と社長がフグの白子を食べるシーン。クリスマスに事務所で骨付きチキンを三人で貪り食うシーンなど。セリフの中にも出てくるが、「生きるということは他の命をいただいているということ」つまり「食べることによって命のリレーが行なわれているということ」これがこの作品が言わんとする最も重要なメッセージではないかと思う。人間の食べるという行為は、楽しくもあり、悲しくもあり、滑稽でもある。また時にはひどくエロチックでさえある。食べるシーンで思い出すのは、1964年に有楽町で観た「トム・ジョーンズの華麗な冒険」というイギリス映画だ。トニー・リチャードソンが作ったこの映画は1963年のアカデミー作品賞や監督賞などを獲ったが、アルバート・フィニー演じるトム・ジョーンズのエロチックな食事シーンは当時話題になったものだ。今回の「おくりびと」における食べるシーンもそれに匹敵するぐらい印象的なものだった。シナリオを書いた小山薫堂(熊本県天草市出身)はテレビの「料理の鉄人」を手がけた人でもあるだけに、食べることにこだわりがあったのだろう。
トム・ジョーンズの華麗な冒険(1963)
トム・ジョーンズの華麗な冒険(1963)
超アップでうなぎを食べているシーン、そして間もなくその人が亡くなってしまうというのに度肝を抜いた覚えがあります。
「もの喰らう人々」という本もありましたね。私たちは殺生しなくては生きられない、そして私たちもいつかは必ず死んでゆく。だから「食べる」という行為は哀しく、そして尊いのだと思います。