9人家族が避難生活をしているビニールハウスにブドウの葉っぱが涼しげに茂っていたが、すでにハウス内は蒸し暑い。
暑さ対策はボランティアセンターも憂慮してくれていたようで、ハウスの屋根にかける遮熱シートの業者がやってきた。
高校生から4歳児までの4人の子供がいる。
屋外に日陰もほしいねぇと家族と話したが、その夜にコーヒーをご馳走になった「アウトドア義援隊」が、モンベルのタープを手配していると聞いてひと安心。
傾いた納屋から漆器を救出してもらった。次回は縁結びした九州の展示販売サポーターの女性とテレビ取材を伴い、汚れ落としをやろうと思う。
初代が誂えてきた「家具膳」は昭和初期とあって状態はいい。少しでも高く売って子供たちの学費や衣料の足しにしてやりたいものだ。
この家族は立地と家族構成もあってマスコミやボランティアの注目をあつめていて、打合せしていると次々とボランティア団体がやってくる千客万来の様相だ。
しかし婿さんは、わたしだけになるとシンミリとして、先行きの不安を語っていた。自宅の再建やこわれた農機具をどうしたらいいか・・・?
わたしのような一般ボランティアはモノやインフラ支援はできないので、隙間をうめるように寄り添うことを心掛ける。
瓦礫に発災時の午後4時10分から10分だけ頑張っていた時計があった。負けんなやぁ。