二ヶ月かかって司馬遼太郎の「菜の花の沖」読了。
中世の私掠船(国家の擁護をうけた海賊船)よろしく、鎖国が国是であった日本の北方領土で略奪・放火・人さらいを欲しいままにしたロシア船の容疑者として拿捕されたのが、水と食料の補給の交渉に寄港したロシア軍艦デイアナ号のゴローニン艦長で、それが「ゴローニン事件」の発端。
ゴローニンの「日本幽囚記」は欧州各国で翻訳された。
その救出のためにデイアナ号で派遣されたのが、部下のリコルド艦長であり、情報収集のためにリコルドに拿捕されたのが、北前貿易の船主の高田屋嘉兵衛。
嘉兵衛は民間の人質でありながら、もつれた外交交渉の解決にむけて一命を賭ける。
なぜなら国家主権の保持と、結果的に哀れな人質とはなったが、自らの誇りのために問題解決のための交渉人たらんとしたからである。
肌の色や言葉、お互いの立場はちがっても、リコルドと嘉兵衛は自由主義者的であり、武士道的・騎士道的な信義の人で、互いに畏敬の念を抱き、友情を育てていく。
高校のころに読んだ帆船の民俗誌に、イギリスの船乗りの諺が紹介されていた。「海の男にとって人種は4種類だけだ。まず男か女か。男なら船乗りか否か。女なら美人か不美人か」というもの。
リコルドと嘉兵衛の自由主義的な性格は、このような海の男に共通した世界観もあったように思う。
ゴローニン事件が大団円の末に函館を出帆する際、デイアナ号の乗員は声を揃えて「ウラァ~!タイショー!」と、嘉兵衛に別れを告げたそうだ。ウラァ~!はロシア人が気合を入れる時の掛け声であり、軍隊においては司令官クラスへの賛辞でもある。
水のみ百姓あがりから這い上がった船乗り、起業家として成功をおさめた嘉兵衛であっても、日本国内での身分は低かった。が、デイアナ号の乗員は嘉兵衛をタイショー(大将)と呼んだ。
嘉兵衛、リコルド、デイアナ号の乗員たちと、さっぱりした海の男たちの気性が気持ちいい。
半藤一利さんは、司馬遼太郎の最高傑作は日露戦争を丹念に描いた「坂の上の雲」と言っているが、わたしなら「菜の花の沖」だ。
嘉兵衛に会いたいな。海がますます好きになった。
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