縄文人(見習い)の糸魚川発!

ヒスイの故郷、糸魚川のヒスイ職人が、縄文・整体・自然農法をライフワークに情報発信!

お客さんがボランティアスタッフになっていく「猫鼻の湯」は、煩悩を洗い流す功徳の湯。

2021年07月12日 07時50分00秒 | 糸魚川自慢
昔のギャグ漫画の幽霊は、三角形をした額紙(または宝冠)がつきものだったが、私は未だかって額紙を見たことがない。
民俗学の本では、額紙の形状は卒塔婆と同じく尖った形状に魔物が憑りつけないための魔除けとあるが、今でも葬式で使うことがあるのでしょうか?と「猫鼻の湯」の清水和尚にお聞きしました。
「禅宗では三宝(さんぽう)といい、三宝とは聖徳太子の定めたお釈迦様、お経、僧侶を大事にしなさいという仏法僧の教えを象徴しているから三角なのであって・・・」と、図解入りで教えてくださったばかりか、数珠玉の数や除夜の鐘がなぜ百八つなのか?それは四苦八苦という言葉からきていて、と計算根拠まで教えてくださいました・・・一時間くらいみっちり( ´艸`)
和尚さんに会いたかったら夕方4時くらいまで。
 
妙齢女性が来るとたいへんにお喜びになり、時には糸魚川で仕入れたミャンマーヒスイの勾玉をプレゼントしておられるようでございます。
 
和尚さんが不在でも、なぜか常連さんが和尚さんの代わりに話し相手やお世話をしてくださいますので、初めてのおひとり様でも安心(笑)
お客さんが自然とボランティアスタッフになっていく不思議。「猫鼻の湯」は、煩悩を洗い流す功徳の湯。
 
清水和尚は名僧ですなぁ。

まつろわぬ粛慎、あらぶる鬼、その名は国津神エボシタケル・・・出雲と戦った鬼

2021年07月10日 07時55分20秒 | ぬなかわ姫

出雲の八千鉾神と戦った糸魚川の国津神のエボシタケル(夜星武)の類型譚で、鬼舞、鬼伏、江星山とエボシタケルに由来した地名を残す能生地区だけが、エボシは粛慎(しゅくしん・ミシハシ)としていることが長年の疑問だった。

本来の粛慎とは、シベリア沿海州地方の狩猟民の一群をさす中国語で、例えば黒澤明監督作品「デルス・ウザーラ」の主人公、デルスのような民族。

正体不明ながら、日本書紀には佐渡の海岸に粛慎が住んでいたとあり、もしかしたら沿海州地方からの漂流民や、北海道の日本海側でオホーツク文化を作っていった異民族であったのかも知れない。

ワシラは粛慎で~す!なんて自分から名乗らないだろうから、異原語の北方異民族を中国の文献に準じて粛慎と呼んだのだと思う。

デルスさんはこんな人。粛慎は雑多な民族が入り混じっているシベリア東部から樺太方面の非漢民族の総称であるらしい。漫画「ゴールデンカムイ」にも、ニブフとか色々出てきますな。
 
「能生町史」「おらが村の昔語り」を併読したら、エボシタケル粛慎説の一次資料にやっと辿り着いた。
「能生町史」に、文明十年(1478年)に池田正連なる人物が書いた「水嶋白山縁起」の抜粋に、夜星武は粛慎とあった。「水嶋白山縁起」は「白山縁起」の能生版であるらしい。
 
エボシタケルは内陸部の江星山に住んでいたとする口碑の他、興味深いのは鬼舞・鬼伏・小泊といった沿岸部の口碑では、エボシタケルは海中の「夜星くり・夜星堆」に住む鬼であり、菊理姫に退治されたとする口碑。
郷土史好きな能生の女性に教えてあげたら、面白いと驚いていたのが「おらが村の昔語り」
 
くり(堆)とは漁礁を意味する古語なので、漁民と関係があるような???
 
例えば鬼舞・鬼伏と隣接する木浦川河口を母港として、能登方面と密接な関係のある海洋民?
 
室町時代後半から、日本海沿岸をカワサキ船で縦横無尽に行き来していたカワサキ衆は、ルーツこそ越前であったものの行く先々の河口(川崎)を拠点にしていたからこそ、カワサキ衆と呼ばれた。
木浦川河口。左岸が鬼舞で右岸が木浦。木浦の右隣りが能生地区の中心地の小泊。
海を見下ろす高台に鎮座する鬼舞の五社神社の鳥居と狛犬には、嘉永二年に広島の尾道から持ってきたと彫られている。現在は大邸宅が重要文化財指定になっている鬼舞の船主、伊藤家のご先祖が寄進したものか。ちなみに嘉永はペリー来航のあった年間ですネ。
 
また現在は往時を偲ぶべくもないが、江戸時代~明治期までの鬼舞は、新潟県内屈指の北前貿易拠点であった。
五社神社から見下ろす鬼舞と鬼伏の集落。江戸時代だかに大地震で崩落と隆起があったそうで昔の港の姿はイメージできないが、現在は小さな漁港があるだけ。
 
エボシタケルからは、海洋民の匂いが漂ってくるぞ・・・。
 
そんなことを総括すると、弥生時代に出雲と戦った海洋性の国津神(豪族)と、中世の白山信仰が入り混じってエボシタケルなる鬼が生まれていったのではないか?
 
木浦と鬼舞の境には、江星山とは別の烏帽子山もあるし・・・。
 
池田正連とは誰なのだろう?中世の糸魚川で粛慎という言葉を使っていることからみて、相当な知識人であったことは間違いない。
 
まつろわぬ粛慎、あらぶる鬼、その名は国津神エボシタケル。
 
考古学では立証しようもないが、小説や映画のネタになりそうではないか。
 
 

卑弥呼の勾玉ピアス・・・真珠とヒスイ

2021年07月08日 07時24分21秒 | ぬなかわヒスイ工房

郡山のイベントで真珠屋さんから頂いた、淡水真珠を勾玉ピアスに組み合わせてみたら、やはりヒスイと相性がいい。

どちらも魏志倭人伝に邪馬台国の朝貢品として記述されているので、ここは「卑弥呼の勾玉ピアス」と名付けてしまう( ´艸`)

また、これまではステンレスの針金で八の字巻きをしていたが、郡山で隣りのブースにいたアクセサリー屋さんから教わったピアノ線を使ってみたら、こちらもスッキリして以後はスタンダードにすることにした。

そこで過去に超小型勾玉をお求め頂いたお客様限定で、実費500円(送料別)で淡水真珠とピアノ線組合せ方式に交換キャンペーン実施!

お気軽にお声がけくださいませ~。
 
 
ちなみにこの勾玉はラベンダーヒスイの色の薄い部分で、私は上品な感じがして好きだけど、普通の職人は「色が入っていない」と使う人が少なく、使っても評価(つまりは値段だ)が低い部分。
 
どんなヒスイでも、肉眼で目視できないレベルの微細な凸凹を平滑にすると、内側から色が浮かび上がってくるもん。
 
緑のヒスイや色の濃いヒスイでなければ評価が高くないという基準は、鈴木京香以外は美人とは認めないといっているようなもんだ(爆)
 
研磨を重ねていくと、ある時、突然と目の焦点が無限大になって、呼吸が通る感覚がやってくる。
 
水平線や雲をボーと見ている感じ。
微細な凸凹が少なくなっていくと、視線が「引っ掛からなく」なるからではないだろうか・・・勾玉の表面に焦点を結ばないから、「向こう」を観ている感じがする。
 
研磨時間とは無関係な「この感じ」がやってきて、初めてヒスイというモノ(鉱物)から勾玉というモノガタリ(人を介して産まれた自然、芭蕉の云う処の造化)が生まれるのだと私は考え、「勾玉の形をしたヒスイ」ではなく、「ヒスイ製の勾玉」を目指し続けることを矜持にしているが、それができているとは口が裂けても言えませんが(笑)
どうせすぐに真似する業者が出てくるだろうけど、こんなにちっちゃくても紐孔の中まで研磨しているので、真似しても品質で勝てる・・・といいけどねぇ・・・。
 
真心を込めなくていいから、むしろ込めようとせず、オンリーワンの素材に対してひたすら誠実に向き合い、「これ・それ」がやってくるまで頑張っちゃうことが、丁寧なモノ作り仕事だと思う次第。
 
疲れるけど、ヒスイが友だちみたいに思えてきて愉しいよ~。
 
 

少しだけ幸せな気分に浸って次の高みを目指す・・・超小型勾玉

2021年07月06日 07時23分44秒 | ぬなかわヒスイ工房

少しづつの工夫を重ね続け、いつか目に見えて大きな前進をしたもんだと感慨無量になることが、このところ続いている。

初期には指から血を流しながら硬いステンレスワイヤーで八の字環を作って「ふっふっふっ、だれにも真似できまい!」と悦に入っていた超小型勾玉だが、もっとお洒落にならんもんか?と不満も抱いていた。
ワイヤーを金槌で叩き潰してバンド巻きして、それからシルバーを巻くようになって、だんだんとお洒落っぽくなってきた。
 
でもシルバーは傷がつきやすく変形もしやすいのが難点。
結束を極細のワイヤーで巻くとヨレヨレにもなる。
5円玉に3個も載る超小型サイズだから、肉眼では合格点でも写真撮影のピント合わせで哀れな姿が大写しになってガッカリ・・・。
 
寝床に入っても風呂に入っても、工夫を考え続け試し続ける。
 
女性客から、なにこれ!かわいい!って褒めてもらえて、初めて現在の到達点に気付く。
 
でも評価は7割に差し引いて聴いておく。
慢心してはいけないし、まだ先があるに違いない。現時点の技術は10年後の五合目だし、その10年後の技術は20年後の五合目。
 
9年も試行錯誤を重ねた現時点は「よくできました」と、とりあえずは自分を褒めてやりたい。
 
少しだけ幸せな気分に浸って、次の高みを目指す。
 
 

 


黒い縄文土器・・・燻し焼き焼き

2021年07月02日 07時35分47秒 | 縄文

毎度のごとく燻し焼きを工夫しているが、今回は出土品っぽい雰囲気に色がついてくれた。

以前は均質な真っ黒を目指していたが、赤茶やこげ茶と適当に色ムラがあるのもいい。

造形もムンクの「叫び」や北斎漫画の表情をイメージしたりと、ヒスイ加工より短時間で結果が出せる粘土遊びは楽しい。
 
風で飛ばされた笠を追いかける旅人の困惑の表情を、筆をおく加減だけで表現した北斎の筆致は、土偶の表情や今日の漫画にも繋がっている気がするし、「神奈川沖浪裏」の大胆さは「太陽の塔」に繋がっている。
私は縄文の匂いがするものが好きだ。岡本太郎的な表現だと「無条件にあけっぴろげ」なるもの。
ぬなかわヒスイ工房の縄文オカリナを販売したいという人に商品を送ったら、色ムラがあるし、大きさもサイズも均一ではないと返品されたことが一度だけある。一個づつ手作りしてるから当たり前なのだが、均質性を求めるなら工業製品のように型抜きされてオーブンで焼いたプラスチック粘土製品を売ればいいのだ。
 
初心者でも失敗せず、その日のうちに持ち帰ることのできる実際に煮炊きできる土器作り・・・今のテーマ。