「ええ。主人のゼミを取っている学生だと言っていました。主人に用事があって来たと。この部屋で、さあ、三十分くらい待っていたでしょうか。宇津木が帰らないので、今日は諦めると言って帰っていきました」
「失礼ですが」と警部はペンの尻で顎を突きながら口を挟んだ。「お宅では、ご主人の不在の間お客さんを待たせるのに、書斎に入れるんですか」
そんなことはない。そんなことはない。と私は二度口にした。勿論誰も聞いてくれない。そもそも私の家に来る女子学生などいない。住所を知っている奴すらいないはずだ。大法螺吹きめ、今度はどんな嘘をつこうとしているのか。
法螺吹き女の顔が紅潮した。
「本人が、蔵書を眺めながら待ちたいと希望したからです」
「ふむ。そのときご主人は」
「大学でした」
「ご主人はいつ戻って来たのです」
「ずっと後です。その、学生さんが会いに来るぐらいだからすぐ戻るのかと思ってましたが、学生さんが来たのがお昼過ぎで、宇津木が帰ってきたのが夕方五時くらいでした」
「正確な日付を覚えていますか」
「・・・二月の二十七だったか八だったか。それくらいです」
「その学生の名前は」
美咲の頬が痙攣したように動いた。
「笛森、と言っていました」
「笛森」
「ええ」
「下の名前は」
「知りません」
警部は容疑者の答弁の要領の悪さに眉をしかめながらペンの尻で何度も自分の顎を突いた。
「あなたがその笛森という学生にお会いしたのは、それが初めてですか」
そのとき奇跡が起こった。
(つづく)
「失礼ですが」と警部はペンの尻で顎を突きながら口を挟んだ。「お宅では、ご主人の不在の間お客さんを待たせるのに、書斎に入れるんですか」
そんなことはない。そんなことはない。と私は二度口にした。勿論誰も聞いてくれない。そもそも私の家に来る女子学生などいない。住所を知っている奴すらいないはずだ。大法螺吹きめ、今度はどんな嘘をつこうとしているのか。
法螺吹き女の顔が紅潮した。
「本人が、蔵書を眺めながら待ちたいと希望したからです」
「ふむ。そのときご主人は」
「大学でした」
「ご主人はいつ戻って来たのです」
「ずっと後です。その、学生さんが会いに来るぐらいだからすぐ戻るのかと思ってましたが、学生さんが来たのがお昼過ぎで、宇津木が帰ってきたのが夕方五時くらいでした」
「正確な日付を覚えていますか」
「・・・二月の二十七だったか八だったか。それくらいです」
「その学生の名前は」
美咲の頬が痙攣したように動いた。
「笛森、と言っていました」
「笛森」
「ええ」
「下の名前は」
「知りません」
警部は容疑者の答弁の要領の悪さに眉をしかめながらペンの尻で何度も自分の顎を突いた。
「あなたがその笛森という学生にお会いしたのは、それが初めてですか」
そのとき奇跡が起こった。
(つづく)
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