2013年11月6日(水)、奥州市衣川区にある接待館遺跡をはじめ、琵琶柵跡、衣川柵(並木屋敷)跡、小松館跡などを訪ねました。「陸奥話記」には、安倍氏の施設である「柵」が12ケ所登場するが、この中で、発掘調査により、その所在地が明らかになっているのは、「鳥海柵」、「河崎柵」の2ケ所のみだという。「その他の安倍氏の「柵」の所在地は何処か、また「柵」とはどのような施設なのか。」などについて、平成25年10/19(土)~10/20(日)、金ケ崎町中央生涯教育センター(金ケ崎町西根南羽沢55)で開催された岩手考古学会第45回研究大会(「安倍氏の柵~十二柵の疑定地の検討」)に参加させていただき貴重な資料をいただいたので、先ず身近な所にある「疑定地」などを訪ねたのでした。
この接待館遺跡は、まだ衣川堤防の工事が始まり、緊急発掘調査中に2回ほど見に行った覚えがあります。堤防が立派に完成した現在、遺跡は堤防の下になっている部分もあるようです。
(上)東側(国道4号線がある)の現況。
(上)南側(衣川が流れている)現況。
(上)西側(埋め戻されたまま)の現況。
(上と下)北側(民家が建ち並んでいる)の現況。
(下)この民家の裏側を現在の自動車道路が通っている。
(下7つ)この接待館遺跡の北側に建つ民家の庭に植栽されているヒマラヤトキワサンザシが、鮮やかな朱橙色に熟した果実を沢山つけていました。