スノッブなM氏は、撮りためた写真は全てパソコン内
に入れているらしい。
そのために動作が遅くなってとこぼしていたので、一
体保存すべき画像などどこにあるのかと、軽く毒を吐
いた。
そしてそれぞれの画像サイズを聞いてみると、3メガ
だという。
TOO LARGEじゃないか。
そんなに大きなサイズで撮るほどの写真ではないだろ
うと、更にたたみかけて、試しに具体的に何を撮った
のか聞いてみた。
すると、予想通りの普通のスナップであった。
本当に普通の写真であろうことは、普段のセンスを見
ていれば簡単に想像がつく。
そこで、さっさと削除するように言ったのだが、何故
か勿体無いと思うらしく、できないらしい。
ならば、ほしいのだけプリントして、残りは削除すれ
ば、と言うと、やっとその気にはなってきたようだ。
それより、CDに記録すれば済むことである。
確かに、写真は知らない内にたまる。
適当なところで削除しないと、それこそ無限増殖しそ
うである。
なんとなく勿体無いと思う気持ちも、分からないでは
ないが、それは、自分の日記を捨てられないというの
に近い感覚かもしれない。
過去の自分自身に対する愛おしさ、とでも言おうか、
そんな感情が生まれるのではないかと思うのだが、そ
れも写真の内容による。
スナップなどのその時の記憶を止めるような写真は、
そういう要素も強いが、私の場合は当てはまらない。
対象が虫だったり物だったりだから。
M氏と違い、削除は簡単だ。
ちゃんと写ってるかどうかという、絶対的な基準があ
りまずそれで直ぐに削除されるものが出る。
次に、これはちょっと感覚的な基準になるが、いい写
真かどうかで削除するかどうか決まる。
ここでは迷う時がある。
いずれ、素材で使えるのでは、と思うことがあるから
だ。
これはは、とりあえず空き箱をとっておくというのに
似ているかもしれない。
殆どは使われることがないのに、とりあえず取って置
くというあれだ。
そうやって、物だけは確実に増えていくのだが、考え
てみれば、パソコン内に画像が増えていくメカニズム
は、空き箱が増えていくのと全く同じではないか。
結局、パソコン内のものは殆どくずである、というこ
とになってしまうのか。
これじゃあ、M氏と同じだ。