ぴかりんの頭の中味

主に食べ歩きの記録。北海道室蘭市在住。

【写】秦皇島オリンピック・スポーツセンター・スタジアム(秦皇島)

2009年02月24日 22時05分37秒 | 撮影記録2008
●秦皇島オリンピック・スポーツセンター・スタジアム(秦皇島) 撮影日 2008.10.19(日)
 
・秦皇島観光、最後の目的地。この日、五ヶ所目の観光地とあって参加者の疲れはピークに。バスでは皆ぐったり。
 
・巨大なスタジアム前に到着。疲れのため、バスに居残る参加者も数名。
  
・スタジアムの玄関をくぐる。
 
・テレビで選手入場時によく見かけるようなゲートです。こちらは一般客用ではなく、選手用の入口でした。
 
・ゲートを抜けると、眼前に青々とした芝生が広がります。「うわ~ スゲェ~~」思わず声が漏れる。
 
・33000人収容の会場。このような巨大な競技場に足を踏み入れるのは初めてのことです。北京オリンピックでは日本のチームもこちらで試合を行なったそうです。

・キックオフを行なうセンターマーク。
 
・西日がさして何だか神々しい光景です。芝生の上で全員で記念撮影を行なう。
 
・途中から、秦皇島市の配慮によりBGM(選手入場用?)が大音量で鳴り出しました。
 
・寝心地良さそうな芝生。

・テレビでよく見かけるベンチ。

・見学は芝生の上のみで終了。しかし、こんなに大きな会場の需要がどれほどあるのやら。管理の手間を考えると心配になってきます。
 
・これにて中国旅行二日目の秦皇島観光は終了。バスは一路ホテルを目指す。
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⇒⇒⇒【旅】中国(秦皇島・北京)旅行 まとめ
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【本】漢語の知識

2009年02月24日 08時02分38秒 | 読書記録2009
漢語の知識, 一海知義, 岩波ジュニア新書 25, 1981年
・「勉強」、「先生」、「文化」、「流行」など、日頃何気なく使う言葉を中国の古典にまで遡りその生い立ちや意味を平易な言葉で解説する。一応、若い人向けに書かれた本ですが、大人が読んでもナルホドと思う個所がいくつもあり、読み応えは十分です。内容は単なる「漢語の雑学集」にとどまらず、「自らのルーツ(祖先)」についてまで考えさせられました。漢字文化の豊かさ、素晴らしさを感じさせられます。おもわず「日本人でよかった……」と呟く。
・多数引用される漢詩の読み方に慣れず、一苦労。もう少しすんなり読めるようになりたい。
・タイトルを『漢字』ではなく『漢語』としてあるところがミソ。
・「以上の三例、「有終の美を飾る」「春眠暁を覚えず」「手に汗を握る」は、いずれも中国の古典にもとづくことばですが、」p.vii
・「ところで中国の古典のなかには、名言やことわざがたくさん出てきます。しかしそれらはあまりとりあげまんせんでした。なぜならその類のことばについては、すでに多くの本が書かれていますし、ちょっとしらべれば、手軽に意味がわかるからです。この本では諺の類もすこしはとりあげましたが、むしろ名言集などには出てこないような、ごくふつうに使っている漢語、たとえば「勉強」とか、「先生」とか、「希望」とか、「孤独」とか、「青春」といったことばをとりあげ、古典とのつながりについてさまざまな角度から考えてみることにしました。」p.viii
・「ただし、私がこの本を書いたのは、みなさんに物識りになっていただくためではありません。物識り(博識)になるのは楽しいことですし、いいことです。しかしもっと大切なのは、できあいの知識を吸収するだけでなく、対象にむかって疑問をもち、自分自身の手でしらべ、自分自身の頭で考えることです。」p.ix
・「現代日本語の源には、日本と中国の古典という泉のほかに、仏教にもとづくことばの泉があったわけです。この泉はそんなに大きくはありませんが、日本語を豊かにしてきた大切な泉だといえるでしょう。」p.20
・「漢音は、唐代の長安付近(北中国)の発音を日本に伝えたもの、呉音は、それより古い揚子江下流地域(南中国)の発音が伝わってきて日本に定着したものだといいます。」p.34
・「ある漢字の意味がわからないとき、あるいは一応はわかっていても、もう一つはっきりしないとき、みなさんはどうしますか。漢和辞典をひいてしらべるのは手っとり早い方法ですが、ひとりであれこれ考えてみるのも楽しいものです。  そのとき手がかりになるのは、その字をふくむ二字(ときには三字、四字)の熟語です。」p.35
・「ことばは造花ではなく、活きた花です。一つの幹から多くの意味の枝をのばし花を咲かせますが、一つ一つの花は、造花のように血のかよわない花ではなく、たがいに形はちがっても一つの幹から樹液を送られている活きた花、おたがいに兄弟姉妹の花なのです。」p.38
・「「達意」ということばは、『論語』のつぎの一節にもとづいています。
 辞ハ達スルノミ。(衛霊公篇)
 「辞」についてはいくつかの解釈がありますが、ふつうは「ことば」あるいは「文章」をさすといわれています。ことば、文章は、こちらの意思が相手に伝達できればよろしい。達意ということが第一の目的だ。したがって、むやみにかざったり工夫したりすることはいらない。――『論語』の右の一節は、そのように解釈され、やがて「達意の文章」といういい方が、文章に対するほめことばとして使われるようになりました。
」p.46
・「しかしよく考えてみれば、相手への「達」し方が問題です。ただ伝令のように簡単にそっけなく伝達するのでなく、相手の心に深く達して、忘れがたい印象をのこす、そういう文章は、やはりそのための修飾・工夫が必要でしょう。」p.47
・「カッパは漢字で河童と書きますが、カドウと読まずカッパと読むのは、なぜでしょうか。(中略)河=カハ。童=ワラベ=ワラワ→ワッパ。河童=カハ・ワッパ→カッパ。なお、雨合羽のカッパは、ポルトガル語の capa に「合羽」という漢字をあてたもので、河童とは何の関係もないそうです。」p.80
・「そこで中国人は、うわさにきく巨大な象の姿についてあれこれと想像をめぐらし、そこから象ヲ想フ→想象→想像ということばが生まれたのだという話があります。」p.85
・「小学五、六年生のころ、年上の遊び仲間からつぎのような話をきいたことがあります。(中略)「件(くだん)」というのは何か知ってるか。にんべんにウシと書くだろう。顔が人間で体は牛の形をした動物のことなんだ、(中略)「へーえ」と私は目をまるくしてきき、その話を信じこみました。」p.93
・「以上見て来た音だけの漢字、訓だけの漢字、それらは、全部で五万近くあるといわれる漢字全体、ことに日常よく使う感じのなかでは、ごく一部です。したがって、大部分の漢字には音と訓があり、両方を知っていないとその漢字がよくわかっているとはいえません。中国人やヨーロッパ人から見れば、音のほかに訓をおぼえるというのは、煩雑に思えるでしょう。しかし、むかしからいわゆる漢字文化圏の中でくらして来た日本人としては、やむをえません。表意文字である漢字には、ローマ字や仮名のような表音文字にはない便利な面もあり、その便利さと音・訓をおぼえる煩雑さとが相殺されて(プラス・マイナス、ゼロになって)、私たち日本人はあまり不便を感じていないのかも知れません。」p.116
・「「城」という字は、「土」と「成」とからできていますが、「皿」の上に「成」の字を書くと「盛」となり、「土」を「盛」ってつみ上げかためたのが「城」です。城は城壁をさすのです。だから万里の長城へ行っても、そこには姫路城のような日本式の城はなく、ただ石と土をつみ上げた塀(城壁)がえんえんとつづいているにすぎません。だから「万里の長い城(城壁)」なのです。」p.124
・「父の兄を伯父、父の弟を叔父というのもそこから来ていますが、」p.159 この使い分けを初めて知った。
・「そういうやや複雑で微妙なニュアンスを、短いことばでピシッときめる、それが漢語の一つの特徴です。」p.160
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