農家から嫁にいった器量良しの娘が
五月の風とともに出戻ってきた
十里離れた地主の息子に見初められたのに
旧家の親の過剰な期待に疲れ果て
表情無しの仮面を一つ持たされて
元いた家にUターンしてきたのだ
母屋の端に離れがあり
出戻り娘は人目を避けて簾の中
五月の風に逆らって
白髪の母親が膳を運ぶ
母屋の軒には一羽のツバメ
黄色い嘴にせっせと餌を突っ込む
母親は時おりツバメの巣を見上げ
餌を運ぶ親ツバメに目を細める
うちの父ちゃんは薄情者だ
疲れ果てた娘に口も利かず
ただただ世間体を気にするだけ
ツバメの親の方がよほど人情味に優っている
庭のツツジを眺めては悦に入り
下がり始めた藤棚の花房を見上げては恍惚顔
頑固おやじの腰の強さはいまも健在
しかし離れの娘には一顧だにせず
抛っておけばそのうち消えてなくなると思っているようだ
娘に膳を運ぶ婆さんもいずれ消えろと願っているのか
日に日にツバメの子は育ち
青空を鋭角に切る飛翔の数も増えた
いずれツバメも南の国へ
消えて後には巣だけが残る
母親の白髪はさらに増え
ため息の数ばかりがさらに増え
五月の終わりの離れの簾に
光琳まがいのあやめが映る
あれは嫁入り衣装の裾模様
お色直しの紫色を目で確かめ
機嫌の戻った明かしのように
出戻り娘が陽に透ける
軒のツバメの顔ぶれも揃い
離れにかよう風が薫る
安堵のお婆の目には涙
遠目に眺めるジジイにも
目にも彩女(あやめ)な娘の姿
自慢の気持ちがよみがえる
(『出戻りあやめ』2014/05/28より再掲)
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