どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

『悪童狩り』 (3)

2006-01-25 10:45:58 | 短編小説

 秋から冬へと、季節が泳ぐように空を渡っていく時期だから、家々の花木もひっそりと屋敷に納まって、なりを潜めている。
 山茶花が咲くには、もう少しの冷え込みが必要だし、数馬の好きな太郎冠者の蕾も、まだ小さく固いままだった。
 道すがら目にする時季遅れのサルビアには、風情というものがまるで感じられなくて、数馬の癇癪を誘発しそうになっていた。
「こんなものを、人さまが通る公道沿いに植えおって・・」
 恥知らずめがと、庭の中まで睨む勢いで、鋭い眼光を飛ばすのだった。
 住宅が途切れると、しばらくは生産緑地が続く。
 表示の立て札が並ぶ畑地のひとつは、造園業者の丹精する辛夷や木蓮の養生地
で、ほかにもレンギョウやドウダンツツジなど、春へ向けて力を蓄える人気の木々がひしめいている。
 散歩の途中、ふと気が付くと花木の一本がなくなっていたりする。
 ボデイビルダーのように腕の筋肉を誇示していた木蓮が、いつのまにか売られて運ばれていったらしい。
 数馬が歩く速度は、けっこう速い。
 ステッキを第三の足にして、茶葉の生垣沿いに颯爽と進む。
 この日、角を曲がってきた自転車と危うくぶつかりそうになり、彼は声を荒げて罵った。
「危ないじゃないか。わしの体は、そんじょそこらの安物と違うんだぞ」
 自分でも気恥ずかしくなるような悪態だった。
 幸い、自転車の中学生は後をも見ずに逃げて行ったからいいが、誰かが「へえ、ジイさん、あんたの体は金ででも出来とるんかい」と絡んだら、数馬は羞恥のために顔も上げられなかったに違いない。
 ともあれ、あっちこっちに不満の息を吐き捨てて歩く数馬だが、犬を連れて散歩する近所の住人には好印象をもっている。と、いうのも、彼が勢いよく進んでいくと、すれ違う散歩者は反対側によけて犬のリードを引き寄せ、彼が通り過ぎるのを待ってくれたりするからだ。
 ほんとうのところは、ステッキで道路を突き刺す勢いの数馬を見て、飼い犬が吠え付くのを恐れているのだ。飛びかかったりする前に、自らの体で道の端に犬を押し込め、やり過ごしているにすぎない。
 井原数馬は、そんな住民に軽く会釈して、マナーのよさに満足の表情をみせる。
 たまには、好奇心のつよい子犬がチョロチョロと駆け寄ったりするが、「おい、どうした」などと意味不明の言葉をかけて、立ち止まる。
 飼い主の方が敬遠して、そそくさと立ち去ると、小休止の時間を取り戻すように再び歩きはじめるのだった。
 公園の入口には、クルマ止めの鉄柵が置かれている。
 人と自転車は、狭い隙間を通って中へ入れる構造になっている。
 広い敷地の一部は、室内プールを持つ体育館になっていて、全体が運動公園の造りでありながら、樹木に囲まれた一角は安らげる空間として、訪れる市民に憩いの場を提供していた。
 数馬が通り抜けた北側の入口のほかに、どの方向からでも入れる4箇所の入口がある。彼は遊動円木の脇を通って、南側のベンチをめざそうとしている。
 目の前の芝生ではたくさんの犬と人が走り回り、さながらドッグランだ。
 その、やや堆くなった芝生を巻くように砂利道が伸び、半円をたどって行き着いたところが、数馬お気に入りの木のベンチだった。

   (続く)


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