ナニコレ?ビル
「ものがたり」
しゅろちくを知っていますか
とげぬき地蔵の縁日で、いまにも踏まれそうな道端に
ほら、シャボテンと並んでいた
電光に照らされて、緑の羽根をせいいっぱい広げて見せていたが
あなたが線香の煙をまとって帰ってきたとき、もう誰かに買われていったあの観葉植物の棕櫚竹です
窓際の部長の机に置かれた一本の棕櫚竹
西日がさす季節になって、久しく遠ざかっていた神の恵みが届けられたのを知った
太陽がさしのべる一筋の慈愛をもとめて、彼女はひ弱な腰を曲げていった
もしも鉢という足かせがなかったら
もしも白光の記憶がよみがえったなら
ビル四階の窓を突き破り、都電通りの雑踏を見おろし、商売がたきのK社をかすめ
はるかなデパートの気球に惑わされないように気をつけながら
するすると、神への橋を架けただろうか
かつてインコやオウムを憐れんだ
いまは自らを憐れまねばならない
主人は彼女が大きくなるのを好まなかったし
神への祈りなど侮蔑していた
彼女の曲がった腰に気づいたとき
主人は神を、ドン・ファンめと罵った
たまに誘いに来ては
飽きるとぷいと見えなくなる
その理屈にも一理あることが、彼女には悲しかった
空の青が言葉をはらんだとき、秋は深かった
太陽はK社のビルにさえぎられ
誘いのそぶりを見せることなく沈むようになった
彼女はなおも求めるかたちに曲がっているが
窓を突き破り、雑踏を見おろし、神への橋を架けるほどの祈りなどないのだから
せめてちっちゃいまま首だけ伸ばし
ときどき主人が見せる鋭い視線のように
K社のビルを憎んでみる
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