ホトケノザ
(城跡ほっつき歩記)より
田んぼ一面をホトケノザが覆った
鎮守の森の崖下にひろがる谷地の
村人がみなそっぽを向く難儀な深田だ
戦争で強制疎開させられた鉄道マンの父が
ふるさとを頼ってこの深田を借りた
腰まで浸かる場所も厭わず耕した
妻と子供を飢えさせないために
晩稲(おくて)の苗を調達して間に合わせた
他より遅れても収穫を手にすることができた
田起こしした田んぼに再びホトケノザが拡がった
鎮守の森は深田に影をつくって邪魔したが
翌年も翌々年も赤紫の花が父を応援した
ぼくが高校二年生のとき進級を目前に父が死んだ
野辺送りをした帰り道ぼくは仏の座が咲く田を見回った
軽くなった父が葉っぱの上にちょこんと座っている気がした
神様ありがとう 仏様ありがとう
ぼくら家族は全員生き延びることができました
東京大空襲を間一髪で逃れることができました
いま思えば父は優れた鉄道マンだった
時刻表を正確に読み運行を狂いなく成し遂げたように
空襲の危険を察知して避難のダイヤを組んだのだ
フィルターを掛けると戦争も懐かしい
家財道具を牛車に積んで駅から歩いた道のりも
麦わら帽子をかぶってホトケノザの田の面を耕す父も懐かしい
だけどなあ やっぱり戦争は無残だよ
焼夷弾に焼かれた10万の人びとも・・・・
煙に巻かれて息絶えた10万の人びとも・・・・
影だけを残して一瞬のうちに蒸発した人も
瓦礫にこびりつく肉片となった人も
誰ひとり懐かしいなどとは言わないのだ
ホトケノザよ 蓮華の台座などと錯覚するな
父の面影をかさねる不埒者とともに去れ
痛恨の記憶を語りだした人びとの声に耳を傾ける時が来た
* 仏の座=階層状に葉をつける様子が仏像を安置する蓮華座に似ていることから付けられた和名。
忘れたいけど忘れられない想い出。
辛(つら)いですね。
ホトケノザは和名の由来も面白く、さまざまな連想が働くようです。
野の花の力を借りて詩が生まれ、その詩を読んでさまざまな受け止めをしていただく。
大変ありがたく、心から感謝申し上げます。
最近読んだ「植物生態学」関係の本によりますとホトケノザは、花の咲かない蕾のままの「閉鎖花」がおおく含まれ、「自家受粉」により種を生成することが珍しくないとされております。
別株との受粉に失敗した場合の生き残りのための次善策をしっかりと備えているという、自然界の仕組みの奥深さにあらためて感心しております。
それに引き替え、人の知恵の貧しさを痛感するような出来事、事件などが続いております。
いつもご紹介、ご利用いただきお礼申し上げます。
家族を守るために黙々とコメの苗を植え、炎天下太腿まで泥にまみれて草取りをしていた父の姿
家族への静かな愛
田圃を飾る仏の座にはそのどれにも、目には見えないけれど父が座っているに違いありません
まるで、未婚のままキリストを産んだマリア様みたいじゃないですか。
その点、人間は禁断の知恵の実を手に入れたおかげで、失敗ばかりしています。
旧約聖書を編んだ人たちは、植物の不思議も知っていたんじゃないかな。
深田から見上げる高台にはこの村の古い神社があり、鬱蒼とした樹木に囲まれてひっそりと佇んでいました。
参道に隣接する畑からは、貝殻や陶器のかけらが出てきます。
たぶん貝塚があったのだろうと想像します。
この畑の一部も、父が借りていました。
目に見えないところで、父がいろいろ努力をしていたんだな・・・・と気づかされます。
仏の座にちょこんと乗る父のイメージなんて、独りよがりで僭越な気がしますが、嬉しいコメントをいただき安心しました。
ありがとうございました。