坂部留吉は、タクシー運転手をしている。
高崎市の繁華街にある営業所で、かれこれ十年近く流しを続けている。
東京で八年ほどサラリーマン生活を経験したが、ちょっとしたトラブルがもとで会社を辞めた。タクシー会社に勤めたのはその後だから、すでに四十歳になろうとしていた。
一度結婚はしたが、転職を機に離婚した。ギャンブル好きがトラブルの原因だから、女房に逃げられたといった方が当たっている。
日々の営業成績はあまり好くない。中の下といったといったところが定位置だ。毎月張り出される売上高の棒グラフも、彼にはさほどプレッシャーを与えなくなっている。
最下位近くなると、さすがに居心地は良くないが、たまに長距離の客を拾って辻褄を合わせているから、名指しでハッパをかけられることはない。
同僚にとって、坂部は要領のいい男に見える。
草津や四万温泉に向かう二三人連れが、渋川まで行かずにわざわざ高崎で降りて坂部のタクシーを利用することがある。どんな手品を使っているのか、仲間にはそれが不思議で仕方がない。
あまり自分のことをしゃべらないから、胡散臭いとも感じている。
客拾いに関して、坂部留吉が特別に運が好いわけではない。
駅に張り付いて、温泉客ばかりを選んでいるわけでもない。
それなのに、どうして長距離客にめぐり合うかというと、普段の彼の営業努力に負うところが多い。
「お客さん、今度高崎に来るときは、前もってわたしに指名を入れてください。好い娘を紹介させていただきますよ」
人生を謳歌する中年男をみると、自分の名刺を渡して深々と頭を下げるのである。
名刺を差し出す相手は、温泉旅行客とは限らない。
近くのゴルフ場に向かうグループ客から、生真面目そうなワンメーターのビジネスマンまで、これと睨んだ客にはこまめに名刺を配るのである。
十中八九、名刺は捨てられるであろう。
だが、それでもいいと彼は割り切っている。東京でのセールスマン稼業で磨いた感覚が、五十に一つ、百に一つでも当たれば充分だと教えてくれる。
要は、客の記憶に小さな棘を刺すことだ。無理強いしなくても、時間を経て疼き出すのを待てばいい。
単にスケベ心を当てにしているわけでもない。
坂部留吉がクルマを降りて深々と頭を下げ、旅館やクラブハウスに向かう客を見送るのは、彼の囁きの信憑性を高めるために欠かせない演出だ。
そして、彼の風貌に漂う人の好さとヤクザな陰が、妙な安心感をもたらすことも、客がつく要因のひとつになっていた。
その日の夕刻、坂部留吉は草津まで行く長距離の女性客を拾った。鮮やかなスカイブルーのコートをまとった、三十歳前後の女だった。
この客は、駅頭から少し離れた横断歩道の手前に身を乗り出していた。大仰に手を振って、坂部のタクシーを停めたのだ。
夕方とはいっても、三時過ぎから降り始めた冷たい雨が激しさを増して、時刻以上にあたりを暗くしていた。
坂部は、早めの晩飯を済ませて夜の酔客に備えようと、馴染みの定食屋に急ぐ途中だった。メーター表示は<空車>から<送迎>に変えておいた。
手を挙げる客は少なくないが、無視して突っ走っても乗車拒否にはならない。タクシー協会の指導車にでも遭遇しない限り、どこからも文句の出ない状況であった。
雨の日の横断歩道は、要注意だ。先を急ぐ歩行者が、左右を確認もせずに飛び出してくることがあるからだ。本人は確かめたつもりでいても、差した傘が死角になって近付く自動車に気付かない場合がある。
それに比べて、運転者の方は必死だ。いったん人身事故でもやったらすべてを失うことになるからだ。
いつにも増して神経を張っているところへ、いきなり手を挙げられたものだから、坂部留吉は反射的に急停車せざるを得なかった。
クルマを寄せると、青いコートに緑色のスカーフという派手な衣装の女が立っていた。
(濡れたオオルリみたいだな)
雨の日の客は、おおむね近場の利用が多い。普段ならタクシーなど使わない人種が、濡れるのが嫌さに少し奮発する気になるからだ。
坂部は経験的にそれが分かっているから、断ろうかという思いと、ここで乗せてもさして時間は取られまいとの計算とが、頭の中で交錯した。
後部ドアを開けると、女性客は尻から乗り込んできた。靴を気遣いながら脚を引き上げ、最後に傘を振るって正面を向いた。
坂部はドアを閉じながら、女の顔を見た。化粧は濃いが、土台はなかなかの美形だった。
(市民ホールで観た、演歌歌手に似ている・・・・)
もう、七、八年も前のことで、とっさに名前も出てこないが、ハスキーな声が売り物の、クラブ出身の歌い手だった。
「草津温泉までお願いします」
ハスキーどころか、澄んだ高い声の持ち主だった。予想もしない長距離客にぶつかって、彼の頭に善からぬ思いが閃いた。成績の遅れを、一気に取り戻すチャンスと捉えたのだ。
「どういうコースで行きますか」
念のために探りを入れてみた。客が何度か草津まで行っていると、道を知っている場合がある。
距離を稼ぐためにわざわざ遠回りをして、客との間でトラブルになる例も少なくない。そんなことが会社に報告されると、大きなマイナス査定に繋がるから、充分な用心が必要なのである。
「運転手さんにお任せします。でも、料金は安い方がいいわ」
「へい。じゃあ、四万温泉経由で行きましょうか。どのコースでも、多少の山道を通りますが、近い方がいいでしょう」
「はい・・・・」
一瞬、不安の表情が見られたが、どのみち高地の温泉場へ行くのだから、運転手の言うとおりなのだろうと、自分を納得させる様子が窺えた。
坂部は無線で配車係を呼び出し、「10号車、四万温泉・・・・」と告げた。
「あら、わたし草津までなんですけど・・・・」
女が口を尖らせたときには、クルマは勢いよく発進していた。
「はい、経由で行きますから。・・・・草津は、どちらのホテルにお泊りですか」
目的地の地名が出たので、女性客は安心したようだ。ハンカチを取り出して、雨に濡れたコートの肩の辺りを丹念に拭いていた。
坂部留吉は、ときおりバックミラーで女の様子を盗み見た。
近くで観察すると、最初の印象よりは齢がいっていて、三十代半ばの熟女といった感じだった。
温泉場で男と待ち合わせをしているのか、それとも宿泊客相手の仕事でも探しているのか、どちらにしても大人しく家庭に納まっているタイプの女には見えなかった。
タクシーは、雨の国道17号をひた走っていた。
渋川の市街地を抜けてからは、国道353号に入った。後部座席の様子はよく見えなかった。ぼんやりした街灯や、自動販売機の明かりでは、女性客の表情は判らなかった。
ただ、対向車とすれ違う際、背もたれに身体を預け、横を向いて首を折ったように脱力する女のシルエットが浮かび上がった。
つかの間、眠りに墜ちている様子が見て取れた。
途中、145号との分岐があったが、そのまま進んだ。中之条町から暮坂峠を越えて六合村を通り、草津温泉街に至るコースを取る予定だった。
ところが、しばらくして眠っていた女性客が目を覚ました。
「ここは、どのへんかしら?」
「もうすぐ、草津へ向かうコースに入るところです」
「ずいぶん暗いわねえ」
「温泉街に入れば、賑やかなんですがね」
「そう・・・・」
女は少し不安な気持ちに襲われたようだった。
「飲み物でも買いに、寄ってみますか」
「はい、そうしてください」
坂部留吉は草津への道をとらずに、353号を道なりに曲がって、通称四万街道と呼ばれる林間の道路を走った。
しばらく行くと、川沿いに軒を連ねる四万温泉の街並みが現れた。彼はゆっくりと湯の町にクルマを乗り入れた。
女が熱いお茶を買う間に、彼もタバコと菓子パンを三つ買った。
「すみません。行儀が悪いんですが、腹が減ってしまったんで、運転しながら頬張ってもいいですか」
とんだ申し出に、女性客は笑いながらオーケーを出した。
「・・・・よかったら、お客さんもどうですか? 一つ余分に買っておきましたから、食べてください」
その一言で、坂部と客の間に打ち解けた空気が流れた。
「暮坂峠を越えるのが一番近道なんで、さっきの道に戻ります」
「わがままを言って、申し訳ありません」
女は、この道草が自分のせいだと思っている。
ここまで来ると、素人には距離の計算などできっこないのだ。だから女は、坂部に勧められるまま、安心した表情でアンパンを口に運んでいた。どうやら彼のことを、すっかり信用してしまったようだ。
山道に入ると、対向車はなくなった。土砂降りの雨の中、好き好んで峠越えをしようなどというドライバーは居そうになかった。
悪い記憶が頭の中でちらついた。坂部が暮坂峠の山中でクルマを停め、客席に移って襲ったキヨミのことが甦ったのだ。
あの時は、草津温泉でコンパニオンをやっているというキヨミと、半ば合意に近い形でセックスをしたのだが、覗くのは獣だけという山中で、何もかもかなぐり捨てて欲望を吐き出した快感が忘れられなかった。
タクシー代をただにしてやっただけで、キヨミは納得した。
きゃあきゃあ声を立てて抵抗しながら、結局は坂部と同時に昇天したのだから、案外この状況を受け入れていたのかもしれない。チャラになったタクシー代は、キヨミの面子を保つ賠償金の意味を持っていた。
坂部が別れた妻は、彼が失業したのと同時に、彼のもとを出ていった。彼が非難すると、倍の激しさで罵られた。前から喧嘩が絶えなかったが、完膚なきまでに言い籠められて女に対する憎しみが芽生えた。
坂部留吉は、沢渡温泉を過ぎたところで、料金メーターを起こした。タクシー代をただにしてやる場合のことを考えると、できるだけ少ない方が助かるからだ。
しばらく<空車>のまま山道を走り、峠に差し掛かる手前の林道にクルマを乗り入れた。
同じ山道とはいっても、本道とは違う道だから、変だと気付くのは時間の問題だ。
「どうかしたんですか」
「ええ、なんだかエンジンの出力が落ちてしまって・・・・」
坂部留吉は、トップギアのまま惰性で上り坂の林道を這い登った。当然、エンジンはノッキングを起こして停止した。
「いやあ・・・・」
女の口から、不安の声が漏れる。
「おかしいな。どうしたんだろう」
坂部は首をひねりながら運転席を降り、制服を頭から被って、車体の下を覗く振りをした。
「お客さん、助手席の下に工具箱があるはずなんですが、ちょっと見てもらえませんか」
懐中電灯を手にした坂部が、客席のドアを開けて身を差し入れた。
女性客は、言われるまま身体を折って、助手席の下を覗きこんだ。坂部の持つ懐中電灯の光の輪の中に、女の豊満な尻が持ち上がっていた。コートの青が、鮮やかだった。
女は、後ろから抱きつかれて、「ヒッ」と息を呑んだ。罠にかかった野ウサギが運命を悟ったときのような反応だった。
抵抗はしたものの、圧倒的に不利な態勢では為すすべもなかった。女は下半身から剥かれて、落城した。途中で坂部が点けた室内灯が、乱れた後部座席のありさまを照らし出していた。
「あんた、乱暴するにしてもルールがあるでしょう。ゴムも着けずに出しちゃうなんて、最低のおとこよ」
恐怖が去って、口惜しさが込み上げてきたのか、女性客は唇を震わせて坂部を詰った。
「坂部留吉! 覚えておきなさいよ。・・・・わたしのパトロンは、市会議員なんだからね。いまごろ首を長くして待ってるはずだから、ただでは済まないわよ」
嘘だとは思ったが、あり得ない話ではなかった。
キヨミのときより興奮して、これ以上ない快感を手に入れた坂部だったが、名指しで追及される事態は計算外だった。
「最低の男・・・・」
最後に妻が残していった捨て台詞が甦って、彼を苦しめた。
クルマのあちこちに名札を表示しているから、名前を覚えられるのは当然だった。しかし、キヨミとの時のように、女に合意の気持ちになってもらいたかった。その上で、乗車料金をただにし、不足なら二、三万円渡せば落着するものと、勝手にタカを括っていた。
このままでは済まないと打算が働き、一転座席に頭をこすり付けて許しを乞うた。
こんな無様な男に身体を開かれたのかと思うと、女の口惜しさは倍加した。
「もう、嫌だ! わたし、歩いて草津へ行く」
激しく言葉を叩きつけて、タクシーから降りる素振りをした。
「待ってください。とても歩いて行ける距離じゃないですよ。・・・・これから、わたしが送ります。それに、料金は全部わたしが持ちますから」
一瞬、女の目が笑ったように見えた。軽蔑したのか、勝ち誇ったのか、おそらく他の感情も入り混じって、見たこともないような表情を創り出していた。
女性客は、急に無口になって身じまいを正し始めた。転がっていたベージュ色の靴を履き、本当にドアを開けて出て行きそうだった。
行かれたら困る、と思った。
坂道を二百メートルほど下れば、本道に出られる。坂部にとっては、幸運にもここまではすれ違う自動車はなかったが、六合村方面から暮坂峠を越えてくるクルマがあれば、彼の悪事はたちまち露見することになる。
もちろん、沢渡温泉方向から峠を目指すクルマでも同様だ。雨がやや小降りになってきたのも、坂部にとってはよくない兆候だった。
「行かせるわけには、いかないな・・・・」
坂部留吉は、はっきりと口に出して言った。
驚いて振り返った女の顔が、なまめかしかった。
男の殺意を決定付けた己のコトバを反芻し、ひどく後悔している様子だったが、緑色のスカーフに加わった力が弱まることはなかった。
坂部留吉は、いま軽井沢に客を送り届けて、国道18号沿いにあるコンビニエンスストアで小休止を取っているところだった。
ちょうど昼時にかかって、店内は混んでいた。
坂部は、まずトイレで小用を済ませ、洗面所で顔と手を洗って食品棚の前に立った。おにぎり二つとアサリの味噌汁が、彼の選んだメニューだった。レジで精算したあと、カウンターの隅に置かれたポットから、味噌汁に熱湯を注いだ。
このコンビニの駐車場は広い。
店に向かって左手には大型車両、右手には一般車両を多数置けるスペースを持っていて、どんなに混んでも必ずどこかへ駐車できるのである。
坂部は、食事のあと小一時間仮眠をしたいと思っていて、そのために仕切りのフェンスに鼻面をくっつけるようにして、タクシーを停めておいた。
片手におにぎりの入ったビニール袋と味噌汁のカップを持ち、もう一方の手でガラス扉を押して外に出た。
坂部は、駐車場の端に停めたクルマに向かって歩いていたが、なにやら視野の隅に小うるさい羽ばたきを感じて立ち止まった。
観察すると、フェンスに止まっていた青緑色の鳥が、繰り返し飛び立っては、坂部のクルマのバックミラーにまつわりついていたのだ。
(へえ、あいつ何をしてるんだろう?)
彼は珍客を驚かさないようにして、瑠璃色の羽ばたきに見とれていた。
よく見ると、ルリビタキと思われる小鳥は、バックミラーに映る自分の姿を楽しんでいるようだった。
他の動物でも、鏡の映像に反応する話が紹介されているが、おおむねテリトリーに侵入するものへの敵対的な行動として理解されている。
だが、坂部には、その小鳥の飛翔が、愛らしい女性に与えられた一滴の宝石に似た時間の輝きに思えた。
うっとりと鏡の中を覗き込み、自分の美しさに酔いしれるルリビタキが、とても野鳥とは思えなかった。
いつまでも突っ立っている坂部留吉を、他のドライバーが不審の目で振り返る。そのまま追い越して、それぞれの自動車に戻っていった。
誰かがバタンとドアを閉めた。音が響くと、驚いた鳥は風になったように舞って、遠くの電線に飛び移った。
坂部は運転席のダッシュボードに発泡スチロールのカップを置き、ときおりシジミ汁を啜った。冷えたおにぎりと味噌汁の温かさが融和して、胃袋の中でころあいの温度となった。
胃が満たされると、目蓋が下りてくるはずだった。
昨夜は、同僚との花札に負けて、憂さ晴らしに酒を飲んだ。だから、眠気は間違いなくあった。それなのに眠れないのは、電線の上からタクシーのフロントガラスの中を見ている、ルリビタキのせいかも知れなかった。
五分ほどまどろんだようだ。
眠ったという感覚はなかったが、夢を見たからやはり眠りのようなものが訪れていたのだろう。
夢の中で、彼はひたすら穴を掘っていた。ぬかるみ脱出用のスコップを使って、人を埋めるための大きな穴を掘っていた。眠りから浮上する間際には、夢というより恐ろしい記憶の軋みとなって、彼の頭を締め付けた。たくさんの嘘をついて、事件を隠し通した疲れが、いま心臓を覆っていた。
青いコートを着たまま犯され、青いコートに包まれて埋葬された不運な女は、オオルリのように美しかった。彼を詰ったとはいえ、首を締め続けるほどの憎しみではなかったはずだ。
できることなら、キヨミと同じように良好な関係にしておきたかったが、双方に計算違いがあって、ああした結果を招いてしまった。
(可哀そうだった・・・・)
いまになって、憐れさが増した。
手鏡を取り出して、雨に乱れた髪や化粧を直していた女性客の顔が浮かんでくる。バックミラーで盗み見た女の無防備なしぐさも、欲望が去ったいまは憐れさを募らせる記憶となっていた。
(さあ、そろそろ行こうか)
坂部留吉は、クルマのエンジンをかけた。
唸りを上げて路面を揺るがす大型トラックの切れ目を縫って、彼は高崎方面に向かう車線に乗り入れた。
異変に気が付いたのは、磯部を過ぎたころだった。
平坦な道にもかかわらず、いつになく運転が億劫に感じられ、後頭部から血の気が引いていくような頼りなさを味わっていた。
西日が背後からバックミラーに当たり、目が眩んだ。減速しかかると、間近に迫るトラックが低く長いクラクションで坂部留吉のタクシーをせきたてた。
タクシーのくせに何をやっているのかと、からかう気持ちも混じっているのだろう。運転者がパニックに陥っていることなど、外観からはまったく判らないのだ。 必死にハンドルにしがみついて、道路の中心線を越えまいと目を凝らす坂部のタクシーは、少しずつ路肩の方によれていった。
その時、坂部は、左のバックミラーに青い小鳥がまつわりつくのを見た。どこから飛んできたのか、ルリビタキと思われる鳥が、走る自動車と同じ速度で付きまといながら、小さな鏡に自分のあでやかな姿を映して羽ばたいていた。
「ほんとに、自分が好きな奴なんだ・・・・」
青い鳥は幸運をもたらすものと、彼も思い込んできた。
身近なところに隠れていて、謙虚な気持ちになったときに初めて気付くものだと教えられてきた。
だけど、青い鳥は、誰かの役にたとうなどと考えたことはなく、いま、バックミラーに自分の姿を映して楽しむルリビタキのように、自分が好きで好きでたまらないんだろうなと、ほほえましく思った。
左のミラーから小鳥が飛び立ち、西日の欠片も飛び散った瞬間、坂部の目の前が暗くなった。一瞬のうちに流れ込んできた空からの粒子が、坂部の身体を包んで宙を飛んだ。
何かに当たって毀れるタクシーの金属音が響いたが、宙を飛ぶ坂部留吉の身体には、風の抵抗すら感じられなかった。
ただ、事故を目撃したトラック運転手は、タクシーがジグザグ運転を繰り返していたことから、クスリでもやっていたのではないかと容赦のない証言をしたらしい。
(完)
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それにしてもタクシー運転手というのは、こんなに普通に(日常的な感じで?)女性客を犯すものなのでしょうか。(大多数の真面目な運転手さんごめんなさい)
たぶんここに登場の運転手が特殊なのでしょうが、しかしそのように見えないところが怖い。
少しも逡巡することもなく(あたかもいつものように)、その線を超えてしまったように見えるのが気持ち悪い。
暴行に踏み切るまでの心理と行動が(いつかもやったようにではなく)、もう少し突っ込んで書かれていればさらに興味深い作品になっていたかも、と惜しい感じがしました。
次作も楽しみにお待ちしています。
馬の骨
筆致はあくでも静かで、でも、なにかが起こりそうで、とうとう凄いことになっちゃった。でも、筆致は躍らず。
そこには落ちぶれ気味の中年男の哀しさが漂っているだけ、といった感じ。
小品ほど宇宙を描くなんて言葉があったようですが、それを彷彿させるようでもありました。
事態の書き込みが不足気味なのは、作者の心の優しさを表しているからでしょうか。
極上の読み切り短編も大歓迎!