サッちゃんの家には
天井までとどく冷蔵庫と
大きな皿洗い機があった
サッちゃんちの庭には
ドッグランの囲いと
電動芝刈り機があった
張り出したテラスには
籐製のロッキングチェアが置かれ
時どきサッちゃんのパパが眠っていた
手近なテーブルには
伏せた洋書とパイプが転がり
軒先を飛ぶ小鳥の影が膝掛けを横切った
転校してきて仲良くなったサッちゃんが
いつの間にかいなくなったのは
二年後の春のことだった
別れの挨拶もなく一家が居なくなる
ピアノも犬小屋も残したまま
人間とゴールデンレトリバーが消えたのだ
磨かれたポーチの柱は
しばらくピカピカと輝いていた
秋になるとニスの色がだいぶ色あせた
家の土台は伸びた芝に覆われた
芝生にはアカツメクサが侵入した
模様入りの緑の葉が失踪のいきさつを隠した
サッちゃんの居なくなった家の窓を
人影がよぎることがある
枯れた庭から放置された鎌が現れたりする
薄みどり色の記憶の中で
サッちゃんの紅いリボンがほどける
わたしの見たものは束の間の夢だった気もする
だけど本当に夢だったのだろうか
この手で触った冷蔵庫も皿洗い機も
そっと覗いたパイプも小父さんも
みんなみんな幻影だったのだろうか
(『あかつめ草の家』2013/02/18 より再掲)
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