ママコノシリヌグイ
(城跡ほっつき歩記)より
ママコノシリヌグイだなんて
ちょっと人前では口にできない名前ですね
ぼくは花の前で思わず腕組みする
見たところ開花する寸前の蕾なのかな
先割れの形と色が痛々しい
たしかに童子の尻に見えてくる
この尻は爛れているね
邪険に拭かれたからだろうか
それとも見向きもされず放置されたのか
いやいや名付け親はもっと辛辣でした
トゲだらけの葉と茎をみて継子を連想したらしい
こんなので尻を拭かれたら血だらけだよね
継子の尻拭い・・・・別名トゲ蕎麦とか
昔の継母はかくも厳しかったのか
それとも植物学者の思い込みだろうか
花に思いを馳せている間にニュースが流れる
揺する殴る押し付ける投げ落とす
継子ならぬ我が子への仕打ちが食卓に並ぶ
植物学者さんあなたの命名はまだ牧歌的です
この名前にはまだ血が流れています
きっと将来を見据えて希望を託したんですね
茎のトゲを利用し他の植物に齧り付いて生育するタフな一年草です。
この画像からは分からないのですすが、花が開花すると一応は五弁花の形状に近づきます。
もっとも完全には開ききらないまま、遅くも10月の終わり頃には目立たなくなってしまうことが多いのでその後の子細を見届けたことがありません。
いつも画像をご紹介いただき感謝申しあげます。
植物にはそれぞれ生きるための術があって、絡みついたり齧り付いたり寄りかかったり、驚くほどの多様さを見せているんですね。
ヤブカラシなどを見ると、あまりのえげつなさにうんざりしてしまいますが、植物の世界では人間の感情などお構いなし。
それでも人は想像したり解釈したり、詩もそうした行為の一つで、植物にとっては余計なお世話かもしれません。
今回も画像を使わせていただき、ありがとうございました。
学者がつけたというよりこの花がいつも咲いているような地方の人たちが、いつの間にか自然発生的に呼んだ名前じゃないのかナアー。
名前自体が物語みたいで、好きですよ、こういうの。日本人の深いところには、案外したたかな遊び心があるようです。
言葉遊びが好きな人は多いですよ。
たしかに、ある植物が自生する地方で言い習わされた呼び名が、和名として採用されたのでしょう。
今回の場合は、ちょっと切実なニュアンスがあって、いろいろのことを考えさせられました。
コメントありがとうございました。