どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

どうぶつ・ティータイム(231)『いせ ひでこ・絵本の世界』

2019-09-20 00:07:32 | エッセイ

   

     「ルリユールおじさん」

 

ラジオ深夜便は、世情に疎いぼくにとって貴重な情報源になっている。

伊勢英子さんという絵本作家のことを初めて知ったのも、半分眠りながら聞いていた深夜の放送による。

話は「ルリユールおじさん」という絵本を描き上げるまでの苦労話(?)が中心だったが、アンカーの質問に答える著者の人間性に並々ならぬ感性を感じ、たちまち目が覚めてしまった。

どこに興味を持ったかというと、まずは伊勢さんが主人公のルリユールおじさんの仕事に興味を持ち、取材交渉する過程。

本の修復に一生かかわってきた老人の信念と、滅びゆくその技術を記録したいという伊勢さんの情熱にである。

最初、伊勢さんは、ルリユールおじさんに仕事の様子をスケッチさせてほしいと申し出ていた。

その後、娘さんと一緒にルリユールおじさんの仕事場を訪れたとき、カメラ持参の娘さんに写真撮影させてもらえないかと頼んだところ、おじさんは「スケッチすると言ったろう? 写真はだめだ。すぐに出て行ってくれ」と娘さんを追い出してしまったそうだ。

職人気質のルリユールおじさんも面白いが、いっそう興味を持った伊勢さんの粘り強い取材ぶりが輪をかけて面白い。

体が弱っているため短時間しか仕事ができないルリユールおじさんに合わせて、伊勢さんが老人の仕事場に近いパリのアパートを借り、1年以上も通い詰めたという根気強さには驚かされた。

 

     絵本の一コマ

 

絵本のストーリーはここで説明すべきものではないが、伊勢英子さんの絵のタッチとパリの雰囲気を味わっていただいて、1年以上も取材し続けた著者とルリユールおじさんの信頼を感じていただきたいのである。

伊勢さんは、すでに何冊も絵本を出版していたが、「ルリユールおじさん」の受賞で超売れっ子作家になっているようだ。

だが、ラジオ深夜便でインタビューに答える話しぶりはあくまでも謙虚で、人間性にあふれたものだった。

ぼくは伊勢さんの言葉や話しぶりに感銘を受けて、まずは「ルリユールおじさん」という絵本を読んでみたいという衝動にかられた。

翌日さっそく購入したのがこの絵本である。

温かいタッチで描く市井の人びと、透明感にあふれた建物や街の雰囲気、やはり伊勢さんの感性はラジオから流れてくる声と聡明な話し方に現れていたなあと共感を覚えた。

それでもあえて不足をいえば、絵本だけでは伊勢さんという作家を多角的に理解することは難しいだろうという点にある。

やはりラジオ深夜便を聴いたからこそ、伊勢英子さんというすばらしい才能に出遭えたのだと思う。

なんでもそうだが、制作された作品だけでなく、取材過程やさまざまなエピソードを知ることで、より深くその作品を理解することができる。

あるいは芸術至上主義的な考えからは外れているかもしれないが、裏話はぼくにとっては大変ありがたい助っ人であった。

 

     (おわり)

 

 

< 伊勢英子プロフィール>

1949年、北海道札幌生まれ。東京芸術大学卒業。デビュー作『マキちゃんのえにっき』(講談社)で野間児童文芸新人賞。『1000の風 1000のチェロ』『にいさん』(偕成社)など多くの作品を発表。『ルリユールおじさん』(理論社)は講談社出版文化賞絵本賞を受賞し、フランスをはじめ多くの国で翻訳出版されている。エッセイに『旅する絵描き パリからの手紙』など。

 

 


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