ぼくは背の高い老人に誘われて、あるミュージアムに展示されている写真と映像を観に行った。
お客さんはちらほらで、この催し物が注目されているという印象はなかった。
背の高い老人とぼくがいつ知り合ったのか、あまりはっきりとは思い出せないし、この老人がどんな興味を持ってぼくを誘ったのか、その辺の意図も推し量ることができなかった。
ただ一つ特徴的なのは、その老人がアメリカ兵のかぶる陸軍用のカーキ色の帽子をかぶっていることだった。
たぶん日本への駐留軍にでも属していたのだろう。
顔つきは日本人だから、二世の元軍人ということも考えられた。
ともかく、ぼくは老人に連れられて入館チケット売り場に立っていた。
入館料は一人600円と表示されていて、それを見ながら老人はポケットから小銭入れを取り出し、500円玉と一回り小さな小銭を探っていたが、どうやら100円玉ではなく1円玉を発券機にいれた。
どういうわけかチケットが出てきて、老人がそのままなに食わぬ顔で窓口を通り抜けたので、僕もあわてて後を追った。
ぼくは600円を投入したので、老人の躊躇した顔が気になったし、ミュージアムをめぐっている間中展示物には集中できなかった。
そんなことで、1時間近く館内をめぐりながら、この催しが何を訴えようとしているのか理解できなかった。
そもそもガラスケースに入った写真そのものが岩場の風景であったり、抽象的な造形物であったり、栄養失調的な子供のポートレートであったり、テーマがはっきりしない。
また映像も繰り返し流れているらしく、どこが始めでどこが終わりなのかわからない。
ぼくが入館時の老人の表情をあれこれ詮索していたせいかもしれないので、あながちミュージアム側の責任とは言えない。
そういえば、背の高い老人には案内嬢がぴったり寄り添って説明していたから、もしかしたらよく来館していたのかもしれない。
観終わってミュージアムを出ようとした時に事件は起こった。
ぼくが異様に感じたのは、出口の壁に沿って若い男と中年の男が立っていたからだ。
案の定、中年の男が老人の前につかつかと歩み寄ってきて、「××さん、不正を行いましたね」と声をかけた。
「うん?」
老人は、なんのことかという顔をする。
「機械は正直ですからね。入館者ナンバーと投入金額を記録して、そこからその人物鑑定をやっているんですよ。チケットは発券しますが、不審者リストとに登録されるという仕組みです」
「わしは間違えたかも知らんが、誤魔化すつもりはなかったですぞ」
「いやいや、金額を投入するときの表情が記録されているんです。××さんに見せてあげなさい」
上司と思われる男が、若い男に指図した。
「そんなもの見たくもない。不快だ、帰る」
老人は窓口を通り過ぎようとした。
すると、窓口の奥から50代の女性が出てきて、「先生、先生のお作りになった映像と写真を研究させていただきましたが、本日その本質がわかりました。今日限りで、顧問契約は終了させていただきたいと思います」
「ム、ム、ム・・・・」
「すみません。言いづらい事ですが、真実に迫る映像のはずが、どこかで僅かに逸れているんですよね。・・・・それが今日分かりました」
「勝手にしろ。わしは帰る」
背の高い老人は、ぼくのことなど全く忘れたのか、振り向きもせずに背筋を伸ばして去っていった。
ぼくは見送りながら、「このミュージアムはほんとに恐ろしいところだ」と、呆然と立ち尽くしていた。
(おわり)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます