どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

(超短編シリーズ)27 『竹の花』

2010-03-19 03:16:25 | 短編小説

     (竹の花)


 大和の北西に位置する讃吉の郷(現在の北葛城群広陵町あたり)に、とりわけ美しい竹林がひろがる山里があった。

 春は筍を掘る村人たちの静かな声が斜面をわたり、夏は山からの涼風を取り込んで竹の梢がさやさやと触れ合った。

 秋から冬にかけては竹落葉が散り敷き、山にまつわる言い伝えや昔話をつつみ永らえさせた。

 とりわけ月の出が美しい中秋のころは、ススキも萩も競うように風をとらえて揺れた。

 村人はみな、月を愛で、野の花を誉めそやした。

 乏しい穀物をやりくりして、ささやかな団子をつくり、月に供えた。

 満月は特別の青い光で地上を照らし、村人の心は光を慕って吸い上げられるように天に向かっていった。

 月だけでなく、星々にも雲にも心を通わせていた。

 村人は季節ごとの竹林を愛し、移り変わる自然の息吹に耳を澄まし、ひときわ繊細な感覚を磨いていた。

 京(みやこ)では、戦や争いごとが繰り返されていたが、竹林の山里までは醜い策謀の飛沫さえ及んでこなかった。

 殿上人たちが夜半眠りを抜け出し、ふわふわと魂を遊ばせに行く場所として、清らかな水と大気を養っていたからである。



 大和の讃吉(さぬき)郷に伝わる物語は、みやこの往還から離れ、月と野草が語らう山里だからこそ生まれたのかもしれない。

 ある月の美しい晩、村一番の長寿である翁が庭に出てみると、近くの竹林の奥の方でほんのり光を放つ一本の竹があった。

 (はて、不思議なことよ)

 翁は竹林に分け入り、ほの明るく光る竹の節をしげしげと覗き込んだ。

 初めは月の光を反射しているのかと思っていたが、目の高さの一節だけが中から輝いていたのである。

 まるで竹の内部に手燭を取り込んだような光の漏れ具合だった。

 その竹は、今年の春生えたばかりの若竹だった。

 筍として掘り出し、御所の街にでも売りに行こうかと迷った一本だった。

 それなのに、なぜ鍬を降ろさなかったのか。

 すっきりと頭をもたげた筍の姿に見とれ、躊躇したことを思い出していた。

 竹の薄い肉質を透して、光はますます輝きを増した。

 中に何か神々しいものが潜んでいることは、間違いのないことに思われた。

 (よし、確かめてみようかの・・・・)

 翁が腰に挟んだ手斧で竹を切り落としてみると、節と節の間から小さな女の子が生まれ出た。

「おう、おう、なんとかぐわしい姫なんじゃ」

 翁は家に連れ帰り、妻とともに大切に育てることにした。

 子供がいなかったから、わが子として神様が授けてくれたに違いないと、翁夫婦は大喜びで祝宴を催したほどだった。



 香しいから「なよ竹のかぐや姫」と呼ばれるようになった小さな女の子は、山里の村人にも見守られててすくすく育った。

 竹から切り出した姫を大切に育てる竹の翁夫婦の噂は、たちまち近在の評判を呼んだ。

「竹の中から、黄金が出てきたんだそうな・・・・」

「いやいや、月の精が零れて竹の中に宿ったんじゃろう」

 人は心のままに、さまざまなことを言い合った。

 評判はたちまち京(みやこ)にも伝わり、どのような姫が翁夫婦に授けられたのかと様子を探る貴人が続出した。

 姫だけでなく、育てるための黄金が付いてきたとの噂も根強く取りざたされた。

 翁とその妻は、姫のお蔭で豊かになったと周囲から羨ましがられた。

 そうなると、よからぬ者も紛れてくるようになる。

 京の無宿者が、讃吉の郷ちかくまで迫ってくることがあった。

 しかし、竹林にみなぎる<気>が結界をを作り、おのずから悪人どもを遠ざけていた。

 翁夫婦は、周囲のざわめきをことさら意識することなく日を過ごし、その間女の子はどんどん成長していった。

 三ヶ月が経つころには、「なよ竹のかぐや姫」は年頃の娘となり、高貴な育ちを窺わせる面立ちを見せるようになった。

 そうなると世間の男たちは、京の公達も町方の若者も何とかしてかぐや姫と結婚したいものと競うように讃吉の郷に押し寄せた。

 竹取の翁の家の周りをうろつき、あわよくば姫のお顔を見たいものと願った。

 同時に自分の様子のよさを姫に見せ付け気を惹こうと、野心まるだしの行動をとったりした。

 しかし、そうした行為が長続きするはずもない。

 姫が関心を示さないことを知ると、一人減り、二人減り、ついには好色で資力のあるわずかな公達だけを残して、みな元の場所に帰っていった。



 最後まで諦めずに通いつづけた公達は五人で、その名は後々まで伝わっている。

 大納言大伴御行、中納言石上麻呂、右大臣阿倍御主人、石作皇子、車持皇子らで、いずれ劣らぬ熱心さでかぐや姫に思いを伝えようとしていた。

 しかし、姫は一向に関心を示さなかった。

 見かねた翁が世の中の理を説いて、姫が五人の誰かと結婚することを勧めた。

「わしら夫婦も早や齢七十、今日明日にお迎えが来ても不思議のない老人になってしもうた・・・・」

「思いがけずそなたを授かり喜んだのはいいが、今度は姫一人を残していくのが不憫でたまらないのじゃ・・・・」

「できることなら、五人のうちの誰かと結婚してはくれまいか。誰にしても甲乙つけがたい身分の男たちなのだが・・・・」

 すると「なよ竹のかぐや姫」は、翁を悲しませまいと思ったのか、公達たちに次の言葉を伝えてくれるよう翁に頼んだ。

「それほどまでに言うのでしたら、これから私の挙げる品物を持ってきてくれた方と結婚いたしましょう」

 姫は、「燕の産んだ子安貝」をはじめ、話には聞いたが手に入れるのが困難な珍宝を五人それぞれに割り当てた。

 夜になって集まった公達は、みな困惑の表情を浮かべた。

 唐天竺まで探しに行っても手に入らないものばかりだったため、ある者は誤魔化し、ある者は紛い物をしつらえて姫に届けた。

 しかし、たちまち姫に見破られ、男たちはすごすごと引き下がるしかなかった。

 一方、才気あふれる姫のやり取りを伝え聞いた帝(みかど)は、その魅力に惹かれ、今度は自分が是非にと姫に会いたがった。

 喜ぶ翁のとりなしにも関わらず、かぐや姫は帝と会うことも拒んだ。

 一計を案じた帝は、不意に翁の住まいを訪れ姫の姿を目にしてしまった。

 見られたかぐや姫は、一瞬のうちに姿を消し、地上の人間ではないことを帝に知らしめた。

 帝も人の世の道理では律せられないことに気づき、姫との面会を諦めることにした。

 せめて、和歌の交換だけはしてくれるように約束させて・・・・。



 そうして三年が過ぎた頃、かぐや姫は月を見て物思いに耽るようになった。

 ことに八月の満月が近づいてくると、ため息を繰り返し、そのうえ激しく泣くようになった。

 困惑した翁が理由を尋ねると、かぐや姫は縷々自分の置かれた事情を明かしたのだった。

「自分はこの国の住人ではなく、月の都の人である。十五日の満月には月から迎えが来て、一緒に帰らなければならない・・・・」

「そのため、世話になった翁や帝とも別れなければならない。そのことが辛くて泣いているのだ」・・・・と。

 翁は大いに悲しみ、姫が月に帰るのを阻止できないものかと帝に相談した。

 帝は直ちに選りすぐりの軍勢を整え、間もなく来る満月の夜に備えさせた。

 当日の夜半ごろ、翁の家を取り巻く軍勢が待ち構える中、空から紫の雲がたなびき、牛車に乗った天人が降りてきた。

 お供の天女たちも、えもいわれぬ音色の音曲を奏でながら、地上すれすれに降り立った。

 妖しいものが現れたら、矢を射掛けるように命令されていた軍勢だったが、誰ひとり弓を引く者はいなかった。

 みな夢の中か、幻を見ているような気分だった。

 程なく牛車の扉が開き、かぐや姫は漂うようにその中に吸い込まれた。

 別れ際、悲しみで言葉も失った様子の帝に、姫は不老不死の薬と天の羽衣を贈った。

 それとともに、帝を慕う文を添えて・・・・。

 帝は長年かぐや姫と、和歌を通じて心をかよわせることができた喜びを噛みしめながら、いま目の前で去って行く姫との別離に打ちひしがれていた。

「かぐや姫のいなくなったこの世で、不老不死を得ても何の意味もない・・・・」

 そこで家来に命じ、姫から贈られたものすべてを日本一高い山の頂上で燃やすように指示した。

 その山は「不死の山」と名付けられ、現在は「富士山」と呼ばれている。

 言い伝えがまだ新しかった時代には、山の頂から一筋の煙が昇っていたという。

 誰もが知っている『竹取物語』は、こうして出来上がったのである。



 ところで、こんな話がまことしやかに伝えられているのをご存知だろうか。

 ある年、讃吉の郷でいっせいに竹の花が咲き、花粉が東の方に流れたという。

 この花粉を受けた谷筋の竹が、それまでまったく知らなかったかぐや姫の話を知ることとなった。

 (ああ、こんな崖っぷちの斜面に生えたお蔭で、何ひとつ好い思いをすることがなかった)

「オレも一丁踏ん張って、可愛い女の子を宿してみたい・・・・」

 日陰で虐げられてきた竹は、毎日足場に気をつけながら月の出を根気よく待ち続けた。

 たまに満月に出会うと、どうかこの身に姫を授けてくださいと祈り、念をこめて下腹に力を漲らせるのだった。

 月日が経ち、あろうことか竹の一節がぷっくらと膨らんできた。

 それを山の猟師がたまたま見つけ、「おいや、こんなところに布袋竹が生えてるぞい」と仲間に教えた。

「あいや、おそろしく腹の出た竹じゃな。しかし、こりゃあ布袋竹とは違うぞい」

 仲間は、不審に思って山刀で断ち割った。

「ひやあ、なんじゃいこの化け物は? 中から真っ黒な石ころが出てきたぞい」

 さすがに「かぐや姫」伝説を聞いたことのある猟師が、はたと手を打った。

「こいつ、自分も姫を身ごもりたいと妄想したんじゃないかい?」

「そうだ、そうだ、この竹あの一節以外は痩せているけど孟宗竹じゃ。石ころを抱えて育ってきたなんて、憐れなものよのう」

 猟師とその仲間は、互いに顔を見合わせた。



     (おわり)

 

 

 

 


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2 コメント

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ミラクルボール (くりたえいじ)
2010-03-22 11:28:54

最初のパラグラフ(文節)には、驚きと空想力を刺激されて読ませてもらいました。
"窪庭流の秘刀"が表れたと感じたからです。
山里の雰囲気が充満しているようで。

以後の物語の展開は、かの《竹取物語》をなぞったもののようですが、作者独自の解釈と表現もあるようで、やはり惹きつけられます。
この《物語》を基礎に発想を展開させつつ。

いやいや、それにしましても、この『竹の花』は著者の類いまれなストーリーテラーとしての才能を楽しませてもらった一篇でした。
ミラクルボールを投じるピッチャーを思わされもしました。
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天にも昇る気持ち・・・・ (窪庭忠男)
2010-03-23 00:48:12

(くりたえいじ)様、コメントありがとうございます。
<竹の一斉開花>は、50年から100年周期で起こる珍しい現象とされています。
ひとたび竹の花が咲くと、あたりの竹はすべて枯死してしまい、昔から飢饉の前兆とされてきたようです。
「かぐや姫」と<竹の一斉開花>・・・・竹の持つ神秘的な特性は、たしかにミラクルです。
対比が目立つのを避けて文中には書きませんでしたが、野球になぞらえての感想をいただき大変うれしく思いました。
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