どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

自薦ポエム㉞ 『紫蘭ほっほう』

2020-09-01 00:04:19 | ポエム

リバー電器の社長は

回転椅子の上でアグラをかき

ぼくを下目づかいに眺めて

ほっほうと笑った

 

わしはこれから日本橋のデパートへ行き

春蘭の展示会を観てくる

その間に小尾さんから電話があったら

頼んだ抵抗器の納期を確かめておいてくれ

 

シュンランってなんですか

ぼくが訊くと

社長はひとり愉しむ素振りで

説明のつかない宝物かな、と言った

 

透き通って凛として

うす緑色の光をうけ

葉も花も見分けが付かないほど密やかで

造物主が人の目から隠そうとする植物なのだ、と

 

へえーっ、それが春蘭というものですか

ぼくも紫蘭なら知っていますが、と答えると

リバー電器の社長は胡座の足首をつかみ

笑顔もみせずに ほっほうと笑ったのだ

 

竜王から週の初めにやってくる社長は

トランジスタ・ラジオの抵抗器が専門の商人だ

笛吹川や天竜川の河岸から仕入れてきて

規格外でハネられた製品を零細企業に商うのだ

 

クズ抵抗器の中から

テスターを使って良いものを選び出し

誤差何パーセントとかに揃えて客に売る

春蘭に血道を上げるのはその商売の反動だろうか

 

ぼくはシュンランを見る機会を得ずに退職したが

ときどき社長の言葉を思い出し

草むらの露に映るフェアリーの瞬きや

花カマキリの隠微な質感を想像するのだ

 

(『紫蘭ほっほう』2014/10/21より再掲)

  


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