どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

ポエム26 『軍人屋敷のクチナシ』

2013-08-15 03:48:46 | ポエム

 

       クチナシ

      (城跡ほっつき歩記)より

 

 

クチナシの花が咲く頃

海軍中尉だった老人が死んだ

ぼくの家からは三軒離れた角の

軍人屋敷の主人だった

 

ピンと張った口髭を付け

帽子の下から鋭い眼光を放ち

辺りを睥睨していたのは

はたして実際の記憶だったろうか

 

戦後数十年がたち

滅多に姿を見せなかった老人と

ついに遺影の中で

面会を果たしたのだったか

 

戦争のことは黙して語らず

垣根に咲くクチナシは

無言のメッセージか

それとも世間からの遮蔽壁

 

小学校の帰り道に

よく垣根の下をつんもぐった

長男の嫁と折り合いが悪く

首を溢らせたのは誰なのかと

 

シーンと静まり返った軍人屋敷

昼なお暗い秘密の住処

おそるおそる覗いたぼくの目の前に

井戸からの水を浴びる男がいた

 

仁王立ちの背中と

水の滴るふんどしを目にして

ぼくは垣根の穴を逆戻り

一瞬サーベルの音が耳奥で鳴った

 

中尉殿は生涯クチナシ

たくさんの痛憤と背負いきれない悔恨

両手に余る勲章と戦功の記憶

何一つ口にすることなく写真の人となる

 

垣根に咲いた梔子はクチナシ

匂う匂いは花から花

良くも悪くも海軍魂を貫き通した

白い白い本当の勲章

 

 

 

 

 


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4 コメント

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甘い香り (小頭@和平)
2013-08-16 23:44:28
ほぼ1年おきに豊作となる、柿の木の下に生育しています。
何時頃から、そこに生育しているのかは不明でしたが、鳥が啄んだ梔子の実から、自生したものと言われておりました。

毎年夏になりますと、非常に甘い香りを放っていたことを思い出しますが、時折落ちてくる柿の実の直撃を食らっていたこともあり、まるまる5年間観察しておりましたが、一向に成長する気配がありませんでした。

確かに剣先のような花弁は、勲章の形にもよく似ていますね。
今回も画像をご利用いただき、ありがとうございました。
なお、10年ほど前になくなりました父は、インドネシアのジャワ島で終戦を迎え、駆け込みのポツダム准尉と自嘲していたことを思い出しました。
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八月のさまざまな思い・・・・ (窪庭忠男)
2013-08-17 05:12:18
(小頭&和平)さま、画像の背景についてお聞かせいただきありがとうございました。
同人誌の仲間だった先輩にも、南方で終戦を迎えた方がおりました。
酒席でも崩れることなく、いつも背筋を伸ばして持論を展開しておりました。

この季節は毎年巡ってまいりますが、ただ忘れ去られるばかりでなく、あらたに掘り起こされる記録や記憶もあり、八月の思いがいっそう濃密に感じられる時でもあります。

クチナシの実も印象深いですね。
柿の木の下に育ち、柿の実の直撃を喰らう梔子とは、なかなか面白いシチュエーションで興味を惹かれます。
あの色と独特の香り、われわれの少年時代とは切り離すことのできない媒体の一つかと思います。
コメントありがとうございました。
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鋭い花 (知恵熱おやじ)
2013-08-19 05:19:37
一枚ずつの花びらが花らしくない鋭さを感じさせる梔子。なんか怖いみたいで・・・

軍人をその花と組み合わせる詩人の感性も鋭いですね
しかも長男の嫁を自死へと追い込んだと噂されている軍人

いかにも軍人屋敷に似つかわしい梔子が軍人の秘密を言外に道を通りかかる人たちに暗示しているようで

おお!コワ―
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花なのに花らしくなく・・・・ (窪庭忠男)
2013-08-19 21:12:26
(知恵熱おやじ)様、梔子の花はたしかに愛でられるだけの花ではないような気がします。
秘めた力の一つが実から抽き出される黄色の色素と言えますが、おっしゃる通りもっと怖い力を潜ませているのかもしれません。

長男の嫁の自死・・・・紛れこませた一行を取り上げていただき、大変うれしく思いました。
ありがとうございました。
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