水
「明るさについて」
痩せた日本列島にも内臓がある
穴という穴から
ひとは回虫のように
胃壁をめざして押し寄せる
陽の当らぬ苔のトンネル
みずは滴る
水に生きるボクは一匹の虫
僕のそばで
ユキノシタは
透けた血管を震わせる
渓谷の奥に何かを
もとめるのではない
浅瀬をさかのぼるのは
直射に弱い生きものの習性なのだ
谷底に近い宿屋には
もとめることに疲れた生物が
朝から放心している
いぬも物置で
忍者ふうの眼をしていたし
ひる過ぎから空が
低くなったのも無理はない
雨はけむりだ
いくら強く降っても
ぼくの眼には煙だ
灰色の帽子をかぶって
谷底にひそむ
底翳のボクには
世界はいつも
ほのかに明るい
おお
死の影はどこにあるのか
ずっと前から僕は
きみの足音を聞きつづけてきた
それなのに
どこにいるのか
僕には影が見えないのだ
部屋は暗い
このままランプを点けなければ
僕は谷底に沈むだろうか
闇のなかでセミが鳴いている
ー-いや、あれはせせらぎの音
峪を埋めた夜の底を
読経の声が流れていく
--あれはせせらぎの音
とおり過ぎたあたりから
河鹿の誘いが還ってくる
かじかよ
清冽な求愛よ
きみはせせらぎと競っているのか
ボクも水の中から
女たちを呼んでみたいが
沈めずに
濁った悲鳴を
浮かべるだけだろう
--きみの痩せた身体では
鳴くたびに骨が痛むだろうが
人生には意味がない
価値のない世界に
いまも死の足音は響いているが
ひとは君と
遇うことはないだろう
ユキノシタの透けた血管は
意味もなく震えていたし
河鹿はなおも
声を磨いている
死よ、ボクも底翳の明るさに生きながら
きみと鉢合わせしたとき
いきなりキミになってやる
* 底翳(そこひ)
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