どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

思い出の連載小説『折れたブレード』(3)

2023-11-08 01:15:00 | 連載小説

     (風車の仕掛け)

 

 正孝は閉館間際の市民会館に駆けつけ、広報担当の職員に過去の公演について情報を求めた。

「公演の全てですか」

 職員はシャツの袖をたくしあげて、困惑したように正孝を見た。

「いや、何年か前に江戸手妻の出し物があったかどうか、それを知りたいのですが」

「ああ、それなら覚えていますよ。配布したパンフレットがファイルされていると思いますが」

 そう言って、背後のロッカーから束ねたファイル帳を探し出してくれた。

「これがそうです。・・・・ところで、この公演について何かお調べでも?」

「いやいや、ある方から評判を聞き、わたしも一度観てみたいと思いましてね」

 正孝は如才なく答えながら、出雲で公演した男の舞台姿を確認した。

「はあ、この方ですか。若いのになかなかの押し出しですね。・・・・うーん、これは格好いい」

「そうでしょう。最初はどんなものかと思ったのですが、郷土芸能保存会の方から強力なリクエストがありまして」

 職員は、正孝の反応に満更でもない表情を見せた。

「余分なパンフレットは、残っていないでしょうな」

「ええ、もう何年も前のことですから」

 職員は、正孝の問いかけに幾分冷めた調子で答えた。

「そうですか。では、わたしも、帰ったらこの一座の次の日程を調べてみますよ」

 そつなく礼を言いながら、福田艶子の母親が似ていたという手妻師の顔をもう一度目に焼き付けた。 

 

 夕方の便で羽田に戻った正孝は事務所に立ち寄って、留守の間に受け付けた電話の記録メモを確認した。

 その中に、ある風車メーカーからの問い合わせがあり、電話の主は艶子を名指ししていることが記されていた。

 正孝は、即座に電話をかけた。

 すでに夜の9時を過ぎていたが、忙しい会社なら居残りをしている可能性もある。

 もし電話をかけてきた担当者が不在でも、今夜中に連絡をしたという事実は相手に好印象を与える。

 正孝のような立場の人間には、欠かせない資質なのだ。

 数回の呼び出し音のあと、受話器を取り上げる音がした。

「はい、ネオザール社ですが」 

「夜分たいへん申し訳ありません。実は昼間そちら様からご連絡をいただきました薫風社でございます。出張しておりまして、たった今帰ってきたもので・・・・」

「ああ、電話したのは私です。・・・・やはり、福田さんはご不在なんですね」

 会社の代表者が相手をしているのに、どこかよそよそしい雰囲気があった。

「福田艶子は長期休暇中で、ご迷惑をおかけしています。差し支えなければ、ご用件はわたしがお伺いいたしますが」

 正孝は、艶子の死を伏せたまま答えた。

「そうですか・・・・」相手はしばらく言いよどんでいたが、半年ほど前に新型風車のデザインを送って、出資者を探してくれないかと依頼したことを告げた。

 そうしたら、立ち上げたばかりの官民共同プロジェクトがアイデアを求めているので、紹介しますよとの返事だった。

「ほう、福田がそう申したんですな?」

「はい。昨近評判のエア・ドルフィンを超える可能性があるので、人を差し向けるから詳しく説明して欲しい、と」

 正孝は、寝耳に水の話に仰天したが、何食わぬ顔で電話を続けた。「・・・・それで、どなたかが御社に伺ったのですか」

「ええ、中央官庁の名刺を持った男の人が見えまして、いろいろ交渉が進展しました」

「へえ、それは良かった。・・・・じゃあ、福田の手は離れたんですな?」

 正孝の問いかけに、相手の男はしばらく口をつぐんだ。

「どうかしましたか」

「・・・・いや、堂島という方を、ご存知ないですよね?」

 弱々しい声が、受話器の奥で消えそうになった。「実は、プロジェクトへの参加保証金を支払ったあとで、薫風社を通さない案件だと念を押されまして・・・・」

「えっ、それは福田にですか」

「いえ、名刺の男です」

 一瞬で、詐欺にかかったことがわかった。ただ、艶子がどこまで絡んでいたのかは、見当がつかなかった。

「堂島という方と、連絡は?」

「それが、まったく取れなくて・・・・」

 進退極まって、艶子に電話してきたことがわかった。

 憐れだとは思ったが、それは詐欺の手口ではないかと引導を渡した。

 このような新規事業の黎明期には、業者の中にも、それを待ち受ける団体の中にも、インチキを仕掛けるヤカラが少なくないのだ。

 今回のことで例えれば、風車を餌に悪巧みを仕掛けた、仕掛けられた・・・・だから、自分の責任で処理してくださいと言いたかったのだ。

 あなたが作ったという新型風車だって、ことによったら欠陥があったり、他社製品のパクリだったりする可能性もあるではありませんか。

「ですから、御社の出来事は当社のまったく与り知らぬことです」

 ただ、もし福田に連絡がついたら確認してみましょうと慰めた。

「念の為に、堂島さんという方の人相風体を教えていただけませんか」

 そう尋ねた伊能正孝の脳裏に、ある男の顔が浮かんでいた。

 松江で、艶子を誘い出したと思われる男。

 艶子の母が遠目に見た、手妻師に似た男。

 市民会館で正孝自身が確かめた押し出しのいい男。

 舞台映えする目鼻立ちのはっきりした男が頭にあったのだが、ネオザール社の担当者が語る堂島の人相と正孝の期待した印象とには、少々ズレがあるようだった。

  

 何かわかったら知らせると約束して、電話を切った。

 正孝は深夜まで事務所に残って、艶子が使っていた事務机の引き出しを調べた。

 上段の引き出しには、六色入りのカラーペンや黒赤青のボールペン、それにペーパーナイフとハサミ、付箋、クリップ、セロテープなどがきちんと整頓されていた。

 中段には訪問者が置いていった名刺、日々届けられる案内状や招待状、艶子が書き留めた電話記録、インデックスのついた私製の電話帳など。

 一番下の引き出しには、取引先の会社概要と、あとから補充された資料などが会社ごとにファイリングされ、それが二十社分ほど押し込まれていた。

 名刺や案内状などは、いったん正孝が目を通し、艶子に渡したものだ。

 調べる必要があるとすれば、受信電話の記録やファイルに、ネオザール社の痕跡が残っているかどうかだけだ。

 正孝とて、エア・ドルフィンの評判ぐらいは知っている。

 艶子が、それを超える可能性と言ったとすれば、よほどのアイデアだったのだろうか。

 (まさか、設計図まで晒すバカはいまい)

 ただ、ネオザール社がデザインといったものが、かなり忠実な工業意匠だったとすれば、艶子が興奮したとしても不思議はない。

 もっぱら、欧米式ウィンド・ファームにしか興味を示さない正孝に、家庭用小型風力発電機の話を取り次いでも仕方がないと判断したのか。

 艶子に技術的なことが分かるとも思えないから、小型風車の見かけに惚れて身近な人に漏らした可能性はある。

 関係機関との付き合いの中で、誰か意中の人ができたとすれば、心の中で正孝を忌避する芽が生じたとしても無理はないと悟った。

 (だったら、艶子はなぜ殺されたのだ?)

 警察はまだ双方の可能性を睨んで捜査しているはずだし、決め手となる事件現場の遺留品を明かしているわけでもない。

 しかし、正孝の胸中では、艶子は裏切られ殺されたと推理していた。

 少なくとも業界では老獪なフィクサーと恐れられている男を、艶子が長年欺いてきたとは思えない。

 艶子との出会いを思い返してみても、当初から送り込まれたような形跡はない。

 やはり、その後の関わりの中で知り合った男に違いない。

 堂島と名乗ったという男かどうかは判断がつかなかったが、艶子が惹かれそうな容姿の優れた男だろうと想像した。

 正孝は、気を取り直してファイルを一冊ずつめくってみた。

 しかし、おおかたは陸上設置の大型風車メーカーや、洋上風力発電機の開発に注力する造船会社などの情報と、その運搬方法などを考察する資料が主であった。

 着床式、浮体式、それぞれに有望な洋上風力発電装置である。

 まずは、漁業権の侵害等の心配がない港湾部から設置が進められているが、ゆくゆくは英国のように北海油田に代わる風力発電システムが目標とされるだろう。

 日本の技術力は、想像以上に早く、先行する海外各社を捉えるだろう。

 だが、再生可能エネルギーの前に立ちはだかる強固なスクラムを突破しない限り、天の風神雷神に感謝の祈りを捧げることはできない。

 各社のファイルを開いているうちに、正孝は萎えかけた意欲が蘇るのを感じていた。

 しかし予想通り、ネオザール社からのアプローチを窺わせる資料はなかった。

 デザインと称する風車の意匠も、依頼の文書も、艶子が持ち出したに違いない。

 そこにどんな意図があったのか定かではないが、おそらく男に騙されたのだろうと正孝は自分を納得させた。

 正孝に無断でことを運んだのは重罪だが、艶子を心底憎む気持ちにはなれなかった。

 

     (つづく)

 

(2016/02/15より再掲)
 
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