続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

『飯島晴子』(私的解釈)夏の蘭。

2021-12-03 07:23:48 | 飯島晴子

   夏の蘭まなざし育ちつつありぬ

 夏の蘭はカ・ランと読んで、荷、乱。
 まなざし(眼差)はゲン・サと読んで、元、査。
 そだちつつありぬ(育有)はイク・ユウと読んで、幾、有。
☆荷が乱れる元は、査(調べると)幾つもある。

 夏の蘭はカ・ランと読んで、果、婪。
 まなざし(眼差)はガン・サと読んで、顔、嗟。
 育ちつつありぬ(育有)はイク・ユウと読んで、幾、友。
☆果(くだもの)を婪(むさぼる)顔を嗟(嘆く)幾(いく人)かの友(ともだち)。

 夏の蘭はカ・ランと読んで、化、覧。
 まなざし(眼差)はゲン・サと読んで、現、詐。
 育ちつつありぬ(育有)はイク・ユウと読んで、幾、有。
☆化(形・性質を変えて別のものになる)で覧(見渡すと)、現れる詐(作りごと)が幾つか有る。


M『夏』

2021-12-03 06:51:06 | 美術ノート

   『夏』

 この絵が、何故「夏」なのか・・・夏である要因が見当たらない。夏と言えば入道雲(積乱雲)を描くのが普通である。積雲ではあるけれど・・・。
 夏の特徴、ズバリ暑いでしょう(湿度も関係しているかも)。
 それに太陽の昇降角度も違うけれど、この絵では時間や建物の向きも不明である。
 この絵では太陽は低い位置にある。(夏の日中は太陽は高い位置にある)

 夏である決鵜の正面め手を見つけることができない。
 同じ区画の窓が並ぶビル(建屋)の正面に(青空を映した旗)が大きくビルに影を落としている。青空は普遍である。平凡と言い換えてもいいかもしれない。

 各戸の窓はすべて閉じられている。(エアコンの無い時代である)これはおかしい・・・。
 夏の異常な暑さで避暑に出かけただろうか…全戸が空室になることは考えにくい。建屋に人がいることは当然だとして、我慢を強いられているのだろうか。

 この絵の『夏』には静かなる恐怖が潜んでいる。

 写真は『マグリット』展・図録より


賢治『岩手山』

2021-12-03 06:27:00 | 宮沢賢治

   『岩手山』

 そらの散乱反射のなかに
 古ぼけて黒くゑぐるもの
 ひかりの微塵系列の底に
 きたなくしろく澱むもの

 散乱反射・黒・微塵系列・底・澱、を音読みにしもう一つの文章に置き換えると、

《SUN(太陽)を覧(見よ!)犯(法や掟を破る)の謝(罪や過ちを赦す)の故(ゆえ)を告げる。魅(惹きつける)腎(要)は、啓(人を教え導き)烈(精神が正しく強い)諦(真理)の電(光)である》

『岩手山』は太陽への讃歌である。