続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

マグリット『呪い』

2016-05-19 06:32:39 | 美術ノート

 『呪い』
 青空に散在する雲片…これを『呪い』と称する意図は何だろう。
 呪いの対象が雲なのだろうか、雲に呪われるのだろうか。
 天変地異・凶事・不幸・祟りを願うという呪い。

 潜在意識の中には《呪い、あるいは呪われる》という恐れが無いとも限らない。
 祝福は呪詛とは裏腹であるが、そのバランスに『呪い』は極力押しのけられることが倫理上の正義である。

 青空に散在する雲は天上にある。
 仰ぎ見る位置にあり、足下には決してない。そして、手の届かない所でもある。
 人の意志に左右されず、無関係な運動は時に地上に災害をもたらすが、その罪科を問われることはない。
 青空に散在する雲は、物理的現象でありそれを見る人間の精神とは隔絶されて次元にある。

 つまり、『呪い』とは、手の届かない異次元に投げられた空疎な直球であるが、それを信じるところに妄想(イメージ)としての『呪い』は存在するかもしれない。
 現れたかと思うと霧消・漂流を繰り返す雲の千変万化の不明は、『呪い』に酷似している。
 《有るけれど無く、無いけれど有るものである》


(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)


『銀河鉄道の夜』315。

2016-05-19 06:10:33 | 宮沢賢治

 にはかに男の子がばっちり眼をあいて云ひました。
「あゝぼくいまお母さんの夢をみてゐたよ。お母さんが立派な戸棚や本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん、りんごをひろってきてあげませうか云ったら眼がさめちゃった。あゝこゝさっきの汽車のなかだねぇ。」


☆納めた詞(言葉)で願いを運(めぐらせている)。
 模(ひながた)の謀(はかりごと)の簿(ノート)がある。
 律(決まり)は図りごとの法(仏の教え)の意(考え)である。
 法(仏の教え)を兼ねた趣(考え)を運(めぐらせている)。
 含む記は、赦(罪や過ちを許すこと)である。


『城』2320。

2016-05-19 05:53:04 | カフカ覚書

あくる朝、わたしたちは、お酒の酔いでぐっすり眠っていましたら、突然アマーリアの叫び声に起こされました。ほかの人たちは、すぐまたベットに横になりましたが、わたしはすっかり目がさめてしまって、アマーリアのところへ駆け寄りました。あの子は、窓ぎわに立って、一通の手紙を手にしています。手紙は、たったいまひとりの男が窓ごしに手渡したもので、相手は、まだ返事を待っています。


☆小舟でわたしたちは泣きながら眠っていましたら、先祖の叫び声はアマーリアを喚起しました。他の人たちは再び願いながら眠ってしまったのですが、わたしは、すっかり目が覚め、アマーリアを呼びました。彼女は先祖の書き物を手に(天)食→死の入口の縁に立っていました。手紙はちょうど男が(天)食→死の入口のところで手渡したもので、男は返事を待っていたのです。


マグリット『集団的創造』

2016-05-18 06:41:11 | 美術ノート

 『集団的創造』
 浜辺に横たわる魚人、下半身は女であり上半身は魚の頭部という有り得ない合体。

 ローレライ(下半身は魚)の逆バージョンにはグロテスクな印象がある。なぜか、それは人が抱くイメージの浸透性によるもので、イメージを裏付けする物語性はそれを普遍化するが、否定するような設定(マイナスのイメージ)においては不審を抱かざるを得ないからである。

 集団、それは「力」である。力をもってすれば何事も肯定され、否ではなくなる。

 性器を露わにした女の下半身も魚の頭部も任意であり特定されることはないが、しかし、女性の尊厳を傷つけている。抵抗する術なく横たわる裸身は侮辱以外の何物でもない。

 多くの人の目に曝されるこの画像は自然の産物ではなく、人為的創造である。
 この哀しい恥辱は鑑賞者の脳裏に刻まれる。
 『集団的創造』とは、無抵抗な静けさの中で生み出される暴力に他ならず、不条理・矛盾・非合理的といった論理を肯定的に認識し、疑惑の余地に関心を抱かないことである。


(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)


『銀河鉄道の夜』314。

2016-05-18 06:28:42 | 宮沢賢治

けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわづかのいゝかをりになって毛あなからちらけてしまふのです。」


☆法(仏の教え)を納め、仰ぐ平(平等)の価(ねうち)は、化(形、性質を変えて別のものになる)の詞(言葉)による。
 照(あまねく光が当たる=平等)を望んでいる。


『城』2319。

2016-05-18 06:13:44 | カフカ覚書

「それからは、もう彼のことは耳にしていないのですか」と、Kはたずねた。「あんたは、ソルティーニをたいへん尊敬しているようだが」
「ええ、尊敬しています。おっしゃるとおりです。その後も、あの人の話は耳にしています。


☆「それからもう彼のことは聞いていないのですか」と、Kは言い、「ソルティーニをたいへん尊敬しているように見えますね」「ええ、尊敬していますとも」と、オルガ(仲介)は言った。「そう、わたしたちはまだっやっぱりずっと聞いているのです。


記憶が消えていく。

2016-05-17 07:34:13 | 日常

 思い出せない、いろいろなことが重なり、その下に潜り込んだ事象はすべて無いに等しく忘れ去られている。

 怖いほどの記憶力低下。

 日差しが強くなったので日傘をさしてラジオ体操に行き、帰りは手ぶらで帰ってくるという態である。

 何もかも闇の中、〈まずいな〉認知症の始まりかもしれないという不安が過る。

 眼精疲労・頭痛に悩まされて病院で受診したら、「病気というより体質ですね」と言われたことがあった。
 記憶力低下も、今さらは笑止かもしれない。ずっと昔から…。物覚えの悪い子供だったことを思い出したわたし。

 認知症を疑うより、今の自分を信じて前向きに行こう!


マグリット『風景の魅惑』

2016-05-17 06:44:50 | 美術ノート

 『風景の魅惑』
 平面に直立した額縁、風景とネームが入っているが、風景らしき絵はなく空洞で背後が透けて見え、ライフルがそばの壁に立てかけられている。
 背後の漆黒は、壁なのか暗闇なのかは判然としないように描かれている。

 額縁には表象されるべき風景の図がないが、PAYSAGE(風景)と題されているので額縁の中に風景を探索しイメージする心理が働くが《裏切り》である、風景と認識すべき具象性の皆無は鑑賞者を落胆させてしまう。

 ライフルは深赤の壁に立てかけられている。赤は血を想起させ殺戮(戦争)をイメージさせる、即ち破壊である。ライフルは使用前なのか使用後なのか・・・。
 すべて(現時空)の否定なのだろうか。

 額縁に見える背後の漆黒は《無》あるいは《始まりの暗黒or終末》なのだろうか。超未来の景色を映した風景かもしれない。

 ライフルには壁という支えがあるが、額縁にはそれがない。つまり、重力下の時空ではない異次元の想定である。
 額縁の中の風景はライフル(戦争)とは無関係の静かなる喜ばしい異次元を映している。
 この暗黒には《死》かもしれない神秘がある、しかし《新生》かもしれない。
 マグリットは時の持続のずっと彼方を見つめ、その風景に心を動かされている。


(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)


『城』2318。

2016-05-17 06:21:34 | カフカ覚書

消防演習にさえ出かけませんでした。父は、演習のとき、ソルティーニが見ていてくれるものとばかり期待して、同年配の人たちのなかでも抜群の活動をしました」


☆火のような輝きの武器を慣習にしている太陽には、一つの汚点もない。父(先祖)は当時ソルティーニ(来世の太陽)の噂の暈(死の入口)を見て、すべての人々を際立たせたのです。