相模太夫の旅録=Tabi Log

☆ 旅は一枚の写真から始まる!!
☆ 旅先での四季彩々一期一会の被写体を瞬撮!!

弘法大師ゆかりの寺院「清水山医王寺」

2024-07-16 13:27:37 | 寺院
平塚市平塚に足柄下郡国府津村寶の「金剛寺」末寺、弘法大師ゆかりの高野山真言宗寺院「清水山医王寺」は鎮座している。「弘法大師」が当地の水を湧き出る清水に変えたという故事により「清水山」となったと伝えられる。開山は日譽慶(1652年寂)、宝暦年中(1751〜1764)に義仙(1780年寂)が中興。本尊は薬師如来であることから「薬師院」と称されている。寅年に相模三十三カ所の「お薬師」開帳年に開扉される。平塚駅より20分、平塚宿のさらに西側にあり「寺号標」、重厚な「山門」より入山すると正面に「庫裏」、右に入り母屋づくりの「本堂」がある。本堂前に蓮鉢が置かれているが開花たハスは見ることができなかった。境内には相模西国第十四番霊場の「松風庵観音堂」、金毘羅社、稲荷社の境内社と、地蔵菩薩、観音菩薩など古い石仏が並び、三猿庚申塔、光明真言の回国塔が建てられている。当寺は明治7年(1874)から6年間に亘り「崇善館第二支校」として多く当地の子女の勉学の場であった。当寺は「相模21薬師霊場10番札所」、「関東91薬師霊場22番札所」である。(2407)
 
 
 
  
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

座間の古刹「来迎山宗仲寺」

2024-07-16 09:00:01 | 寺院
座間市座間に座間の古刹の浄土宗寺院「来迎山宗仲寺」は鎮座している。当寺は高遠藩初代「内藤修理亮清成」が実父「武田宗仲」の菩提を弔う為、慶長8年(1603)に創建した。本尊は阿弥陀如来。当寺は「徳川家康公」も立ち寄ったとされ、元和3年(1617)家康公の霊柩が久能山から日光へ遷御される際に一行が「座間宿」にて休息したと伝わる。「山門」より入山する数年前完成した幻想的な「月影の泉」、右手には家康公お手植えの「大樹銀杏」がある。境内正面に入り母屋造りの「本堂」、本堂左手に「鐘楼」、「水子観音堂」、「清浄殿」がある(2406)
 
 
 
 
 
家康公お手植えの「大樹銀杏」
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オレンジの「オニユリ」と白の「ヤマユリ」を撮る!!

2024-07-16 07:24:34 | 公園・庭園
今、公園や道路脇、緑道の花壇、個人のお家の庭でよく見かけるのがオレンジ色の花色で花びらが外側に反れている花姿から赤鬼のようであることから名付けられた「オニユリ」(鬼百合)と花弁には白地に黄色い帯状の筋が入り、えんじ色か紫褐色の細かい斑点がある「ヤマユリ」(山百合)である。どちらもユリ科ユリ属の多年草である。「オニユリ」の別名は「天蓋百合」と呼ばれ、寺院などにある天蓋のように豪華であることが由来である。オニユリの英名は「Tiger Lily」と呼ばれ、花びらの黒い斑点がトラの模様のように見えることから名付けらた。「ヤマユリ」(山百合)の他の名前として「エイザンユリ」、ヨシノユリ、ハコネユリ、「シロユリ」、キンセンユリとも呼ばれる。花びらが後ろ向きに反り返っている手毬形で花弁には白地に黄色い帯状の筋が入りえんじ色か紫褐色の細かい斑点が特徴である。どちらも先端にしなやかなにつけた独特の花姿は美しい。(2407)
 
 
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする