伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

仕事と江戸時代 武士・町人・百姓はどう働いたか

2024-03-21 22:31:03 | 人文・社会科学系
 江戸時代の旗本・御家人、武家奉公人、経済官僚、家持町人・地借・店借、商家奉公人、奥女中奉公・下女奉公・遊女、百姓、運送業、漁業、鉱山労働などのさまざまな立場、業種での労働について取りまとめて解説した本。
 人に雇われて働く、それも長期間安定して働く「正社員」のような雇用形態が歴史的にはまだ新しいもので、江戸時代までは自営業者が中心であったということが基本になり、その中で短期雇用がなされた場面や例外的に集団的な雇用がなされてきた業種などを解説しています。
 江戸時代はまだ奉公人が主人を訴えることは許されず(正確には、主人が許せば訴えられるが、許すはずがない)(主人を相手どることは忠義に反するから許されない)、賃金未払いがあっても泣き寝入りせざるを得なかった(192~193ページ)のだとか。民事裁判も、民の権利を守るのではなく、強きを保護して権力者に都合のいい秩序を守るための制度だったわけですね。時代劇でよく見られる「越後屋」と悪代官が示し合わせている図が頭に浮かびます。
 そういった事情もあってか、奉公人の待遇は劣悪で、大店の「白木屋」(後の東急百貨店)でさえ「採用された奉公人の半数弱が病気により退店あるいは死亡している」(161ページ)状態だったとか。
 遊女奉公の身代金は、民間の下女奉公の給金相場と比べて格段に高いわけではないが、前金で一括してもらえるのでその身代金を受け取る者のために多くの女性が遊女にされ続けた(180~183ページ)というのも悲哀を感じさせます。
 いつの世も、富豪や特権階級のために虐げられ踏みつけられる労働者が多数いることをも、改めて感じました。


戸森麻衣子 ちくま新書 2023年12月10日発行
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百人一首 編纂がひらく小宇宙

2024-02-29 23:20:21 | 人文・社会科学系
 百人一首の成立とその後の受容、浸透の経緯、理由を考察する本。
 1951年に発見された101首の「百人秀歌」は藤原定家の撰であるが、これと97首まで同じ歌を選び1首を差し替え3人3首を削り歌の配列を入れ替えた上で、百人秀歌になかった承久の乱で島流しとなった後鳥羽院、順徳院の2首を加えて最後に置いた「百人一首」は定家の撰ではなく後世の改編であるが、古典のテキストとしてのコンパクトさ、詞書きがなく歌のみで一首ごとに分解できそれだけで味わえる便利さというスタイル、改編により歴史的な悲劇性などのインパクトが加えられたことにより幅広く受容されたという説明です。
 ほとんどが同じ歌でも定家の「百人秀歌」が古今集以来の勅撰集の手法を踏襲して歌自体の配列で流れを出しているのに対し、「百人一首」は歌人の関係、確執、生い立ち、境遇での連なりに、その時代の読者が思いをはせることを想定しているというのは、そんなの知らない私には思いもよらないことでしたが、そう説明されるとなるほどと思います。そうだとすると、謎の無名の改編者は平安時代の王朝、歌人の歴史と事情に通じたかなりの教養人だったのでしょうね。
 小倉山の山荘の襖に100枚の色紙として貼られていたというのは、現実にはあり得ず、室町時代に連歌師宗祇らが広めたものだろうというのです(185~186ページ)。
 百人一首のそれぞれの歌よりも全体というか流れを見るという視点が私には新鮮でした。そうであれば、この歌人のベストはこの歌じゃないだろうという疑問も氷解します。


田渕句美子 岩波新書 2024年1月19日発行


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キリストと性 西洋美術の想像力と多様性

2024-02-12 23:33:14 | 人文・社会科学系
 キリスト教における「性」の扱い、イエスとヨハネ、イエスとユダ、さらにはマリアとイエスの性関係の示唆、異性装、聖痕と女性器のアナロジー等について論じた本。
 「キリスト教は性をめぐって、わたしたちが思っているよりもはるかに多様で豊かな想像力を育んできたのではないか」という問題意識ですが、「それが顕著にみられるのは、正当とされた教義や神学のなかというよりも、異端として排除され、民衆のなかで生きつづけてきた信仰とそれに関する美術においてである」(はじめに)とされてしまうと、そりゃあ異端とか「キリスト教系」新興宗教なら性的にオープンというかフリーセックス系のものもあって当然じゃないかと思ってしまいます。本文でも、福音書の中にイエスとヨハネのBL関係を示唆する記述を探すような場面や絵画でもダ・ヴィンチやジョットー、デューラー、カラヴァッジョあたりの絵にそのような痕跡を探すところは興味深く読みましたが、文学作品や「作者不詳」の絵、さらには近年の映画(ジーザス・クライスト・スーパースターとか)に性的な傾向や逸脱を見ても「だから何?」と思えてしまいます。


岡田温司 岩波新書 2023年10月20日発行

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古代アメリカ文明 マヤ・アステカ・ナスカ・インカの実像

2024-02-11 20:05:14 | 人文・社会科学系
 中央アメリカのマヤ文明(紀元前1100年頃から16世紀)、アステカ王国(15~16世紀)、南アメリカのナスカ(地上絵は紀元前400年頃から)、インカ(14~16世紀)の諸文明について、それぞれを専門とする学者が近年の研究成果に基づいて紹介し意見を述べた本。
 あとがきで「本書は、メソアメリカのマヤとアステカ、アンデスのナスカとインカを一緒に解説して、実像に迫る日本初の新書である」と書かれています(312ページ)。学者さんの分担執筆ということもあり、それぞれの研究と関心に応じて書かれていて、入門的な通史の記述がされているわけでもなく、新発見に満ちてはいますが、この1冊で全体像をという本ではありません。
 これらの文明は、いわゆる四大河文明(エジプト=ナイル、メソポタミア=チグリス・ユーフラテス、インダス、黄河)とは異なり、乾燥した大河流域ではなく、大型家畜なく基本人力の、鉄器の利用もなく、アンデスでは文字もなく、高度な文明が誕生し、世界にトウモロコシ、ジャガイモなどをもたらしてその後の世界に食文化革命を起こしたもので、著者らはこれらの文明の人類史上の重要性を強調し、偏った世界史観の是正を求めています(あと、もっぱら征服者の文献に基づいた偏見やマスメディアのオカルト的な扱いへの苦言も)。
 四大河文明との違いを論じている場面で、例えばマヤ文明で「巨大な公共祭祀建築の建設・維持は、支配層の強制力によってのみなされたのではない」「王や貴族の指揮下、農民たちが農閑期に『お祭り』のような行事として、楽しみながら建設に携わったのだろう」(81ページ)と書かれていて、本当であれば興味深いところですが、そう判断する根拠の記載がないのが残念です。またアステカについて、征服者の資料に記載された生け贄の人数には誇張が含まれていたことが現在ではわかっているとして生け贄を過度に強調し続けることを戒めています(104~105ページなど)が、では最新の研究ではどうかということが書かれていないというのも残念です。
 マヤ文明のところで、遺跡が密林に分布している上あまりにも巨大すぎて地上を歩いても遺跡と判断できずライダー(航空レーザー測量)を導入して初めて遺跡が発見できた(67~72ページ)とか、ナスカの地上絵も近年新しいものが多数発見されている上ナスカ台地(約400平方キロメートル:東京23区の約3分の2って)全域を高解像度の航空写真を撮影したらあまりにも膨大で人間が見て判定作業ができないのでAIに地上絵を学習させて候補探しをして新たな地上絵を発見した(182~187ページ)など、遺跡・考古資料が新しく発見されている途上で、新たな知見、新たな評価がこれからまだまだありそうというところが、私には一番勉強になりました。


青山和夫編 井上幸孝、坂井正人、大平秀一著 講談社現代新書 2023年12月20日発行

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独禁法講義〔第10版〕

2024-01-28 18:58:08 | 人文・社会科学系
 独占禁止法(競争法)の教科書。
 独禁法の構成・条文(名称も)が歴史的経緯から実態・実情に即していないという立場から、国際的な競争法の枠組みを意識し、共通の要件等はまとめる、条文や表向きの説明にないことでも現実にはそう考えた方が説明できることは説明するとして、著者から見て理論的な構成を試みています。おそらくは、それは独禁法という法律や公正取引委員会の姿勢を学ぶのに適しているのだと思いますが、私が事件に即してものを考えることが仕事がら習い性になっていることから裁判や審決等についてもう少し事案を具体的に説明して欲しいと感じることに加えて、法律や公正取引委員会の「不公正な取引方法(一般指定)」の条文がほとんど説明なしに「2条9項○号」とか「一般指定○項」と書かれていて、その内容を理解していることを当然の前提として記述が進んでいくのに難渋しました。六法等の資料を横に置いてその都度参照しながら、学習するという、まさに大学の学生のように読むことが予定されていて、これだけで通読するのはかなり厳しい。もちろん、法律の条文を紹介しても難しい印象が増すだけで、またそれを省略しているからこれだけ薄い本にできるのですが…
 庶民の弁護士としての私の関心からは、これから公正取引委員会の活躍を期待したい中小企業・庶民・消費者いじめを防ぐ領域の「優越的地位濫用行為」と「下請法」の解説が合わせて16ページ(203ページ~218ページ)しかないのも残念です。
 実例の解説が少なく理論重視という点については、著者自身意識しているらしく、サッカーにたとえれば実務家がFWで、そのために理論を作る学者は絶妙なパスを出すMFだと、最後(249ページ~251ページ)に述べています。私にとっては、学生の頃はこういう教科書を(六法を脇に置いて)苦もなく読めたはずなのに、もうこういう教科書を読むのは難しくなっているなぁという感慨が大きな本でした。


白石忠志 有斐閣 2023年2月15日発行(初版は1997年10月5日)
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カラー版 美術の愉しみ方 「好きを見つける」から「判る判らない」まで

2024-01-18 23:14:36 | 人文・社会科学系
 美術の世界に入っていく「扉」として、関心を開く、好きを見つける、(画家や批評家が書いたものを)読む、比べる、(美術館や画廊の)敷居をまたぐ、(講演会・ラーニング、イベントに)参加する、判る判らないの7つの章立てをして説明し、美術に親しむことを勧める本。
 「絵を一から十まで判るなどできはしない。判らなくともいいのである。少なくとも、絵から何かを感じ取ることが大切だ。」(はじめに:ⅴページ)、「急がなくてもいいから、たくさん見ること、それが美術を愉しむ最良の第一歩となる」(14ページ)という序盤は、とにかく気軽にまず見よう、なんといっても「愉しみ方」なのだしという雰囲気です。しかし、著者は必ずしも、他人(専門家)の意見に従う必要はない、見方・愉しみ方は自由だと言っているのではないように思えます。そして、「読む」の第3章になると、画家や批評家らの観念的で難解な言辞を衒学趣味的に並べ立てています。気楽にどんどん見ようよで始まったはずなのに、小難しい御託をありがたがれと言われているようで、大きく気を削がれました。


山梨俊夫 中公新書 2023年9月25日発行

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カラー版 名画を見る眼 Ⅱ 印象派からピカソまで

2024-01-17 22:33:51 | 人文・社会科学系
 西洋絵画の油彩画(一部石版画を含む)の名作を、モネ、ルノワール、セザンヌ、ファン・ゴッホ、スーラ、ロートレック、ルソー、ムンク、マティス、ピカソ、シャガール、カンディンスキー、モンドリアンの14人の画家について1点+αを選んで解説した本。「名画を見る眼Ⅰ」の続編。
 「Ⅰ」と同様昔(こちらは1971年)に書かれたものに図版をカラー化し、関連作品も掲載して、若干の加筆をしたというものなので、今の流行からすると選ばれるべき画家が選択されていないという印象が、「Ⅰ」にも増して、します。ダリにまったく言及がないのは、現在はダリがそれほど好まれていない感があるのでともかく、アルフォンス・ミュシャやクリムトに一言も触れていないのは、現在の絵画ファンにとっては信じられないことではないでしょうか(油彩にこだわるならミュシャを外すのは当然ですが、ロートレックの石版画のポスターを選択するなら、今の感覚ではむしろミュシャを紹介するでしょう)。
 解説には著者の絵画愛が感じられます。例えば、私の目にはさほど魅力を感じない「温室の中のセザンヌ夫人」(34ページ)を、これほどまでに賛美できることには感心しました。


高階秀爾 岩波新書 2023年6月20日発行(初版は1971年5月20日発行)
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カラー版 名画を見る眼 Ⅰ 油彩画誕生からマネまで

2024-01-15 23:18:40 | 人文・社会科学系
 西洋絵画の油彩画(一部テンペラ・銅版画を含む)の名作を、ファン・アイク、ボッティチェルリ、レオナルド・ダ・ビンチ、ラファエルロ、デューラー、ベラスケス、レンブラント、プーサン、フェルメール、ワトー、ゴヤ、ドラクロワ、ターナー、クールベ、マネの15人の画家について1点+αを選んで解説した本。
 1969年に書かれたものに図版をカラー化し、関連作品も掲載して、若干の加筆をしたというものなので、今の流行からすると選ばれるべき画家が選択されていないとか、採り上げる作品もちょっと違うかなという気もします(著者自身、「カラー版Ⅱ」のあとがきで、自分にとっての名画を一点選ぶとすれば、エドゥアール・マネの「フォリー・ベルジュールのバー」と答えたいとしているのに、この本の本文では、マネについては「オランピア」を採り上げ、「フォリー・ベルジュールのバー」は関連作品としてさえ触れられていません)が、オーソドックスな見方や評価を学べる本だと思います。
 解説も、あぁこういうことに注目すべきだったのかとかこう見るべきだったのかという気づきがあり、また画家と作品への愛に満ちている感じがして好感が持てました。


高階秀爾 岩波新書 2023年5月19日発行(初版は1969年10月20日発行)
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日本人が知らない戦争の話 アジアが語る戦場の記憶

2024-01-09 23:00:03 | 人文・社会科学系
 第2次世界大戦時の日本軍による中国・東南アジアでの加害行為について記述し論じた本。
 タイトル・サブタイトルからは、かつて朝日新聞記者であった本田勝一の「中国の旅」のような手厳しいルポルタージュを予想しましたが、著者が留学していたシンガポールについては被侵略者側の視点が強く出され人々の声も拾われているものの、中国については外務省発表の小泉発言を小泉首相の気持ちが伺えると評価している記述(36~38ページ)などに見られるように、基本的には日本政府の見解に依拠し日本政府に寄り添う姿勢に見られ、また日本軍の加害よりも日本人の被害の方を強調しそちらに理解を示す姿勢に見えます。後者の点は、戦争による民間人の被害に目を向ける(193~194ページ)という視点から、日本人を守るためのはずの関東軍に置き去りにされた中国残留日本人、シベリヤ抑留などを取り上げているのではありますが。


山下清海 ちくま新書 2023年7月10日発行
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リーガル・ラディカリズム 法の限界を根源から問う

2023-12-29 20:28:47 | 人文・社会科学系
 ルールの破り方、デモクラシーと戦争、くじ引きの使い方、死者の法的地位、人の等級、法の前の神々という6つのお題について、それぞれ法哲学者、法制史学者、法社会学者、比較法学者の4名が論じた論文(もともとは法学雑誌「論究ジュリスト」に連載)に別の学者からのコメントをつけ、座談会をつけて出版した本。
 最初のテーマは、「ルールの破り方」という人目を惹くタイトルをつけたところが「ラディカリズム」のゆえんかもしれませんが、この問題は、むしろ実定法の規定通りでは不合理な結果が出るときに法解釈としてどこまでやれるか(ルールを「破る」わけではなくて、より合理的な解釈を考える)と、私たち法律実務家がよく考える問題です。私のサイトでも、スコット・トゥローの「出訴期限」という作品を題材にそこを論じた説明をしています(「法解釈を考える」)。
 学者さんの論文というのは、著者の関心、研究内容に向けてしか書かれないのが通例で、お題が与えられても並べれば関連性がないものになりがちです。通し読みしようとすると、自分が関心を持てるものは少なく、まぁたまたま目にすることでこういうこともあるのかを思えることもないではないですが、エッセイや雑学ならともかく学者の論文は1つ1つがそれなりの重いものですので、読み通すのはかなりの(とんでもない、かも)労力を要しました。
 各論文間の調整がなされていないので、テーマの統一も流れもない一方でダブっていることもあり、「くじ引きの使い方」では、アリストテレスが「選挙で任命されるのが寡頭制の方式である」のに対し「公職がくじで割り当てられるのが民主制の方式である」と記しているという論文(167ページ)と、アリストテレス自身は選挙もくじも民主制における選出方法として優劣をつけてはいないとする論文(161ページ)が並べられている、それも双方の根拠はどちらも同じ本(アリストテレス[牛田徳子訳]『政治学』京都大学学術出版会、2001年)の別のページ(前者は205ページを引用、後者は231ページを引用)というのは、笑ってしまいました(どちらがより正しいのかは、そこまでする意欲がなかったので確認していません)。


飯田高、齋藤哲志、瀧川裕英、松原健太郎編 有斐閣 2023年8月30日発行

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