SVA(公益社団シャンティ国際ボランティア会)のカンボジア事務所開設20周年記念式典出席のため、24日より、カンボジアです。
SVAは今年30周年を迎えていますが、スタートはタイ領内のカンボジア難民キャンプ支援活動でした。
そのカンボジア難民がキャンプから自国に帰還するにともなって、SVAもカンボジア国内に事務所を開設したのが20年前だったのです。
それこそ開設当初は、政情も不安定、インフラの整備もままならず、夜は真っ暗で、強盗対策のため24時間銃を持ったガードマン配置という状態でした。
次の年の92年に訪れたときも、信号はあっても電気がないため、交差点は車と牛車と荷車と人が自分の行きたい方向にひしめき合い、押し合い、まさに出口の見えない混沌とした世界でした。
アンコールワットものんびりしたもので、今では考えられませんが、入口からワット中心まで、人っ子一人いない写真が撮れました。入口の兵士は、カメラは1台1ドル、ビデオカメラは2ドルだと退屈そうに門番をしていました。
中庭では、バッタンバンからトラクターに乗って4日かけて来たカンボジア人の一族が、のどかに昼食を作っていました。
プノンペンからシェムリアップまでの国内線飛行機は、ソ連製の中古で、操縦席のドアが閉まらず丸見えで、中には幹部兵士のような人が子供を抱いて籐椅子に座っていました。
座席もパイプ椅子のような代物で、機内には冷蔵庫のような真っ白な霧が立ちこめ、贅沢は言わないから、無事に着いてくれることだけを祈っていました。
空港のトイレに行くと、水が流れないため、大便が便座の上まで盛り上がり、どうやって用をたすか悩んだ事でした。
以来、カンボジアは急激に経済成長を遂げ、田舎の駅のようだった空港も、立派なものになり、観光地には豪勢なホテルが立ち並び、目を見張るばかりです。
今回式典が行われるホテル、カンボジアーナは、92年頃に建てられたと記憶していますが、真っ暗な首都にぽっかりと浮かぶ天空の城ように、煌々と電気がつき、こんなところにこんなものを建てやがって、とブルジョアを軽蔑すプロレタリアートの目付きで眺めていました。
今ではそれ以上の高級ホテルがいくつもありますが、せっかくだから懐かしんできたいと思います。
加えて、明日23日は東京の修行仲間の晋山式(住職就任式)に呼ばれています。
ということで、6日間ほど留守にします。
くれぐれも緊急の用事が入らないことだけを心から祈ります。