Eテレで、稲垣吾郎の司会で,指揮者の広上淳一,N響ティンパニーの久保昌一が解説するベートーベンの第九。
番組では、レナード・バーンスタイン指揮のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団,ギネス・ジョーンズ(ソプラノ),ハンナ・シュヴァルツ(アルと),ルネ・コロ(テノール),クルト・モル(バリトン),ウィーン国立歌劇場合唱団による1979年収録の第九が放映された。
久しぶりに第九を全曲通しで聴いた。「対決」の第2楽章のティンパニーの役割を「ベートーベンそのもの」というのも久しぶりに思い出したエピソード。私は逆と教わったような気がするが、間違って記憶していたのかもしれない。
いかような聴き方も許されるとは思うのだが、第2楽章の対峙・対決・混沌・もがきの中に身を晒し続け、第3楽章のような一瞬の寂莫と安寧に一息をつくことが生きることだと思っている私には、第3楽章から第4楽章に流れ込んでいくエネルギーの前にいつも呆然としてしまう。私には「生」ということがまだまだ理解できていないのではないか、と思っている。
つい先ほど、そのフィナーレが始まった。