巣篭りをしているためだけだろうか。このごろスケジュール帳にこまめ記入しているのに、忘れてしまうことが度々ある。
本日も午前中のオンラインの講座を申し込んでいたのに、忘れてしまった。忘れたというよりも無意識に何かをしているみたいだ。
昨晩寝る前に目につくようにパソコンのキーボードと画面の間にスケジュール帳を広げておいた。にもかかわらず、朝退職者会の作業にそのまま入ってしまった。さらにブログに記事を投稿した。その上妻と買い物に出かけてしまった。
お昼近くに講座の先生から連絡をもらい、慌ててしまった。慌ててももう遅い。何とも情けない仕儀であった。
さらに、本日は書店で衝動買いをした。購入したのは「岸田劉生随筆集」(酒井忠康編、岩波文庫)。
意味のないものを購入したとは思わないし、画家が語る画論なので、勉強にはなる筈である。だが、内容も見ずに手にとって他の本を見ているうちにいつの間にか、レジの前に並んでいた。レジに並んでいる列から離脱するのも恥ずかしく、そのまま購入した。
朝の受講を忘れたことと言い、午後のこの行動といい、無意識の領域で何か異変があるのかもしれない、と少々落ちこんでいる。
家籠り、巣篭りというのはどこか緊張感が緩んでいるところがある。責任感も、財布のこともも希薄になっている。
明日は市民病院に行くことになっている。妻が同行してくれるとのこと。これでは忘れてしまうことはないとは思うが、明日になってみないと分からない。