昭和30年発行 河野一郎/訳
※
「作家別」カテゴリー内の「トルーマン・カポーティ」に追加します
私はどれほど感動した本でも何度も読み直したりはしない
中には「もう一度あの感動を味わいたい」と思う名作はたくさんある
例えば『風と共に去りぬ』や『嵐が丘』など
前回『はてしない物語』を読み直したように
今作ももう一度読み直したいと思い続けていて
何十年かぶりに読んでみた
メモには、以前読んだのは2015年?
最初に読んだのは学生時代だと思っていた
*
どこで買ったかも思い出せないくらい前に買った古本で
ラックに並べて、いつか読もう読もうと思いながらも長年経ってしまった
何かの拍子に手にとって読み始めると
どんどん物語の中に引き込まれて
昔の記憶を辿りながら2、3日で読み終えてしまった
この古本は昭和初期の出版でなかなかの掘り出し物だった
出版されたのが昭和30年、あとがきが書かれたのは1954年(昭和29年)
出版される前にあとがきが書かれたということか?
カポーティもまだまだこれからの新進気鋭作家として期待されている
この名著が、このしっかりした素敵な装丁で、当時
定価が260円!
今だったら2600円ほどか?
現代訳でもよかったけれども
なるべく書かれた年代に近い出版年の翻訳本で読みたかった
旧字がほとんどを占めているため
最後まで読めなかった漢字がいくつもあった
読んでいるうちに前後と合わせて
多分今のこの字だろうと覚えた文字もたくさんあった
登場人物:
ジョエル・ハリソン・ノックス
叔母 エレン・ケンダル
従姉妹 ルイーズ
飲み屋の女将 ミス・ロバータ
スカリイズ・ランディングの邸
父 エドワード・R・サンソム
現妻 エイミイ・スカリイ
サム・ランドルフ
ランドルフの母 アンジェラ・リー
ジーザス・フィーヴァー
騾馬 ジョン・ブラウン
子ども トービー
孫・女中 ミズーリ
元夫 ケッグ・ブラウン
近隣の双子姉妹
姉 フローラベル
妹 アイダベル・トンプキンス
拳闘家 ペペ・アルヴァレッス
ドローリス
隠者 リトル・サンシャイン
小人 ミス・ウィスティーリア
【内容抜粋メモ】
心は万物よりも偽わるものにして
甚だ悪し 誰かこれを知るをえんや エレミヤ記 第17章
■その1
ニューオリンズを出て、ヌーン・シティに向かう少年ジョエル・ハリソン・ノックス
目鼻立ちが整い、華奢で色白、茶色の髪
沼、森、野原の荒涼な光景が続く土地で
それ以上の交通機関がなく、誰も迎えに来ていなかった
さまざまな国のステッカーが貼られたスーツケースは
祖父ノックス少佐が世界一周した時のもの
カフェ・モーニング・スターでジョエルは一通の父からの手紙を出して見せる
先妻の死亡記事を見て、
息子を呼び寄せたいという内容
父エドワード・R・サンソムから、叔母エレン・ケンダル宛
ジョエルの13歳の誕生日に1通目が届いたが
エレンに後ろめたい表情が浮かんだがこう返信した
「そちらに行って不満ならただちに引き取らせて頂く
ちゃんとした教育を受けさせ、クリスマスの休暇はこちらでとらせるよう」
父の住む場所はスカリイズ・ランディング
ジョエルは父について理想像を想像し、早くここから出たいと望んでいた
従姉妹ルイーズは少し耳が遠く
ジョエルは何度も聞き返したりしていじめることもあった
母の死については、どうしても寒気が取れないという描写が何度も出てくる
サンソムの現妻はエイミイ・スカリイと聞く
*
ヌーン・シティまではトラックに乗せてもらったが
ランディングまでは行けないと言われて降りる
ヌーン・シティはとりたててどうという町ではない
1つだけの刑務所には4年以上、白人の犯罪者を収容したことがないばかりか
殺人犯でも大手を振って闊歩しているという
怪奇な古い家があり、昔、3人の美しい姉妹が
ヤンキー(北軍)の山賊に犯され、むごい殺され方をしたという噂がある
あまりにノドが乾いて居酒屋に入り、アルコールを注文すると
女将ミス・ロバータからジュースを出されて、粗野な町の男たちに笑われる
姉フローラベルと妹アイダベル・トンプキンスの双子の話が出て
女の子なのに、男の子のような半ズボンを履いて
汚い言葉を吐き、やり放題のアイダベルは町の厄介者
*
ジーザス・フィーヴァーがジョエルをランディングまで連れて行く
小鬼のような
ニグロ(本書通りの表記)でエイミイから言われて待っていた
騾馬のジョン・ブラウンをどやしながら
クルマのタイヤをいっぺんでダメにしてしまうような道を行く
途中で噂の双子姉妹を乗せる
フローラベルは腰まで長い髪をして、妹がどれだけならず者か喋り通す
最初、アイダベルを見た時、ニューオリンズにいた
エイリーン・オティスという太った乱暴者を思い出すジョエル
2人はスカリイズの者を誰も見たことがないと言う
途中から降りて、遊びに来てと約束する
*
いつの間にか眠ってしまい、気づくと部屋のベッドに寝かされ
そばにエイミイがいるのに気づく
部屋に入ってきた
青かけすを暖炉の火かき棒で叩き落としたのを見たが
まだ寝ているふりをした
部屋は長年使っていないため、どこにも埃がたまっている
ジョエルはつまらない物をコレクションするクセがあり
トラックから盗った銃弾と青かけすの羽根を早速コレクションに加える
エイミイから従兄弟とかいうサム・ランドルフが喘息を患っていることを聞く
この家には電気が引いてないため、蝋燭とランプを使うこと
ジョエルはニューオリンズの友だち9人で結成した探偵団を思い出す
ランドルフの母アンジェラ・リーは、美しかったが、この部屋で亡くなった
エイミイはジョエルを歓迎するでもなく、
父のことを聞くと話を逸らす
廊下には4つのドアがあり、どれが父の部屋だろうと思う
もう一度、父に会いたいというと
エイミイ:お父さんはお加減が悪いの
*
黒人の女中ミズーリが食事を作る
彼女はジーザス・フィーヴァーの孫
背が高く、力もあり、気品がある
首の長さは見世物級で、首を銀のたがで伸ばすアフリカ婦人よりも長い
それに水玉のハンカチを巻いている
金歯が1本あり、わざわざ見せつけながら
ミズーリ:
淋しいって言ったって、ランディングにしばらく住んでみなきゃ
ほんとの淋しさなんて分かんないわよ
せんにはケッグ・ブラウンて間抜けがいたけど
あたいにひどいことをして鎖につながれたわ
あたいはまだ14だった
都会の生活がしたくてうずうずするよ
おとっつぁん(ジーザス)に老後の面倒をみてもらいって連れてこられるまでは
セントルイスで育ったんだもん
その時おとっつぁんは90を越えてて先は長くないって言われてたのに
それが13年前の話
おとっつぁんは好きだけど、いなくなったらきっと
コネッキカット州のボストンに行ってみるわよ(間違えている
雪の中を歩いてみたい
あたいたち、きっとうまくやっていけるわね
あたいはあんたよりたった8つ上だけだし
あたいのことズーって呼ぶのよ
それがほんとの名前
エイミイさんもやかましいたちだからミズーリになっちゃった
ランドルフさんは死んだ小鳥が好きなの きれいな羽をしたのが
毎週日曜日に
祈祷会を開いているからとジョエルを誘う
*
退屈になったジョエルは、建物から出ると
以前大火事になったポーチに鐘を見つける
まだ
奴隷を使っていた時代に、作男たちを呼ぶために使われたようだ
そして、窓の1つに
奇妙な女の姿を見た
目鼻立ちがよく、中世のように髪を高くあげている
カーテンは閉ざされ、フシギな気持ちになるジョエル
祈祷会では、ズーがアコーディオンを弾きながら歌う
♪あたいがいなくて寂しいとてさ・・・
ジーザスは寒い寒いと小言を漏らす
ジョエルは誰を責めてよいか分からない
どこの馬の骨とも言われればそれまでだ
ズーの首に巻いたリボンを取ると、
細い傷跡が1本見えた
あんな傷を背負うなんてごめんだ
逃げ道なんてありゃしない
3人は祈りを捧げたが、ジョエルにはなんの祈りも浮かばなかった
*
ズーにフシギな女を見た話をするが信じてもらえない
ランドルフとは気安く話せた 見たところ34、5に見える
暑い陽にさらされていると
昔贔屓にしていた拳闘家ペペ・アルヴァレッスというメキシコ人を庭で見ると言う
ランドルフ:
10年以上前、体の大きな若いニグロが働いていた
つまりケッグとミズーリは互いに好きになって結婚した
彼はミズーリの片方の耳から反対側まで切ったんだ
彼に窓にいた女の話をすると茶化される
自働ピアノ(ピアノーラ)に聴き入っていたエイミイは
あるわずかな音に反応するが、きっとヘビだと誤魔化す
ジョエルはニューオリンズでみたミステリー氏を思い出す
大魔術師で2人は大の仲良しだった
ランドルフは、パジャマの上にキモノを着て
足の爪はマニキュアで光っている
毛のないつるんとした顔、女物の指輪をしている
3人が話していると、コトンコトンと階段を落ちる物音がして
赤いテニスボールが転がってきた
2人はそれには触れずに話をはぐらかし
ランドルフは手相を見てあげると言う
ランドルフ:
おじさんはもっと他の時代に生まれるべきだったと
ずっと昔に悟ったことがあった
未来のすべては過去に存在するってね
僕はあの女の人をよく知っているが
僕にとって彼女は幽霊だよ
*
ジョエルは親友のサミイに手紙を書く
今住んでいる所がどれほど素晴らしく
父がどれほど優しく立派な人物か
そしてエレンには、ここが大嫌いだ
誰もお父さんがどこにいるか教えてくれない
お母さんがお金を遺したなら寄宿舎のある学校に行きたい と書く
切手がないため、お金を紙に包み、郵便受けに手紙とともに置く
*
隠者のリトル・サンシャインと会う
ひどい年寄りで、醜悪、歯がなく、臭気がひどい
ランドルフいわく2人は親友だった
ズーはリトル・サンシャインからもらった魔除けの首飾りを着けているが
人に言うと効力がなくなるため、詳しく話さない
ジョエル:
僕にもおまじない作ってくれない?
恐ろしい目に遭わないで済むような
リトル・サンシャイン:
ちょ! おめえのようなちっちぇえ坊にどんな悩みがあるんじゃね?
彼は
「溺れ池(ドラウニング・ポンド)」の近くのホテルに住んでいる
「溺れ池」の名の由来は、今世紀に入る前のこと
森の中に未亡人ミセス・ジミー・ボブ・クラウドの素晴らしいホテルがあり
クラウド・ホテルと呼ばれていた
1893年の夏 スペイン移民の少年が木から池に飛び込んで
頭をスイカのように割ってしまった
冬、博打打ちがこの池に漕ぎ出し、二度と戻らなかった
彼の手にはルビーの指輪が光っている
翌年の春にはハネムーンの新婚夫婦が
ルビーの指輪をはめた手にボートをひっくり返され
博打打ちと少年の顔を見たという
女主人は池をさらったが何も見つからなかった
ミセス・ジミー・ボブは、セントルイスで部屋を借り
石油をかけて火を放った
ホテルは荒れ果て、沼地に沈みこんだ
リトル・サンシャインだけがホテルに残った
一度逃げ出したことがあったが
忽ち
遠い声、遠い部屋が夢をかき乱すんだ、と話す
*
ジョエルは双子に会いに行く
フローラベルは夜に見た時ほど美しくはなく
ハンモッグに寝て、妹の悪口を言い続けている
フローラベル:
別に悪く言うつもりはないけど
あのコがあなたに首ったけだからですわ
それを聞いて得意な気持ちになるジョエル
そこにアイダベルが愛犬ヘンリーを連れて来る
溺れ池に行ったことや隠者のリトル・サンシャインに会って話したことを話すと
まだ会ったことのないアイダベルは一目置く
フローラベル:
ママがそのうちパパに頼んで、その犬を鉄砲で撃ち殺してもらうわ
だって恐ろしい病気をうつすかもしれないもの
アイダベルは激怒して、2人は取っ組み合いとなる
ジョエルは家に戻る途中、郵便受けを見ると
あらゆる国の宛先でペペ宛の手紙が積み重なっている(福岡まである/驚
足元の泥の中に自分が小銭を入れた紙が落ちているのを見る
この時、銃声が2発響き渡る
*
ジョエルはズーに髪を切られる
銃声はズーが鷹を撃った音だった
ズー:フライにするよく肥えた鶏を1ダースもかっさらったんだから
ランドルフは部屋に閉じこもったまま
ジョエルは最初からこの邸には
複雑な物音があるのに気づいていた
ランドルフ:
我々は沈んでいるんだ
去年は4インチ沈んだ
いんな邸と一緒に沈みかかっているのさ
足元に赤いボールが当たり、ランドルフが1つのドアを開け
「コップに水を1杯持ってきておくれ」と言って部屋に入る
ベッドの上には涙ぐんだような灰色の目があり
汚らしい枕に弱弱しく横たわる丸坊主頭
エイミイ:
サンソムさんよ
*
鯰を獲りに行くアイダベルについていくジョエル
アンジェラ・リーが亡くなる前
剃ってもおいつかないほどのヒゲが生えた話をする
サンソムは、
坊や、なぜ、ありがとう、いけない、ボール、船ほどしか話せない
イエス、ノーの首を動かしたり
注意を惹くためテニスボールを落とすことは出来た
目は閉じられることがなく、眠っている間も凝視している
小さな墓の前を通ると
「トービー、猫に殺されここに眠る」とある
トービーはジーザス・フィーヴァーの息子
ミセス・スカリイのペルシャ猫に口を押されて息を吸い取った
アイダベル:たいていみんな、あたしたちの生まれる前に起きたことよ
それは今のような時だったのだ
我々が死んでも、そのままの時が続くだろう
太陽や風は変わることがない
ただ土にかえる心を持つ我々のみが変わるのだ
アイダベルは
巡回ショーで買った色眼鏡を自慢する
アイダベル:
なにも獲ろうなんて思わない
ここへ来て、いろいろ自分の悩み事を考えるのが好きなの
フローラベルはそりゃ外側はきれいよ
でも、大事なのは内側にあるものだもん
アイダベルはズーを気ちがい扱いし
池で体を洗おうと言い出す
アイダベル:
あたしとっても男の子になってみたい
裸になると彼女の体つきは男の子に近かった
ひとしきり遊んで
アイダベル:あたしは時々ここで泣くわ と告白する
ジョエルは思わず彼女の頬にキスをすると激怒する
取っ組み合いになり、色眼鏡が割れて、ジョエルの尻に刺さる
壊してしまったことを謝ると、また別のを当てるわとあっさり言う
*
ランドルフはジョエルの肖像画を描きながら喋る
彼の部屋に入るのは初めてで
広い部屋ぎっしりに宝物があり興奮するジョエル
日本のハガキもある
4人の男女の写真に目が留まる
ランドルフ、サンソム、ペペ、ドローリス
ペペはほとんど黒人に近く、狡そうな目が光る伊達男
ランドルフ:
華やかな墓場だ
僕がまだ死んでいないとすれば
母親の胎内にいる時のように死なせてもらうよ
呪われた魂の奥底で
まっとうな偽りのない人生を求めた者にとっては皮肉な結末じゃないか
僕は死んだまま生まれたのだから
ジョエルをナーシッサスに例える
ジョエルは感情を覆い隠すことが自然な反射作用になりかかっていたお蔭で
時には全く何も感じないでいることも出来たが
心を空にする方法はなかった
父に本を読んで聞かせる役目を言われるが
父は小説でも、デパートのカタログを呼んでも
同じくらい面白そうに聞いている
ランドルフ:
サンソムはペペのマネージャーだった
その写真を撮った翌々日に、背中に弾丸を撃ち込まれて
階段を転げ落ちるなんて、誰が想像する?
23歳の時、ドローリスとマドリードで出会い生活を共にした
僕は全く交配しない花粉を持つアネモネのようだった
2人でキューバの家に住んだ
ドローリスは夢日記をつけていて
内容はハッとするくらい恐ろしい
必ず僕が出てきて、いつも彼女の前を逃げたり、隠れたりしている
彼女はマドリードでLという恋人を殺しているんだ
Rを見つけたら、殺してしまうだろうと分かっていた
ある日、ペペという懸賞健闘家を紹介された
そして、マネージャーのサンソムとともにやってきた
ドローリスは一時の慰みの相手として利用した
どんな人間も愛せないんだ
突然、僕が嫉妬しているのは彼女じゃなく、ペペだと気づいてショックを受けた
ドローリス:私はあなたを初めて見た時から知ってましたわ
我々はひどく孤独だったんだよ
世間の嘲笑が酷くて、愛情を示すことも出来ない
我々が一番欲しいと思っているのは
ただしっかりと抱きしめて、言ってくれることなんだ
みんな良くなるからねって
(私がこの小説の中で一番好きな台詞
これまで読んだ数々の小説の中でもとくに好き
ある晩、ペペはひどく酔ってバンドでドローリスを打ち
僕の絵に小便をかけ、鼻柱を折った
マルディグラ(謝肉祭の最終日)にみんなで舞踏会に行った
僕は伯爵夫人に生まれ変わり、飛び上がらんばかりに嬉しくなった
僕が本当にこのままの姿だったら!
春が来て、2人は行ってしまった
サンソム:
あん畜生のクソったれめが
クルマ、金を全部持って行っちまいやがった
僕は銃を取り出し、引き金を引いた
キリストは消え、エドの姿になって階段を転げ落ちていった
エイミイがランディングから来てくれて医者を見つけてきた
エドとエイミイはニューオリンズで結婚した
我々はみんなでランディングに帰って来た
大抵の人間の生涯は、一連の未完性なエピソードじゃないかい?
神や、魔法なにかに頼りたくなるのも、結末を知りたいからなんだよ
僕は分厚い年鑑を毎日繰ってはペペに手紙を書き続けた
許しておくれよ、ジョエル
ほら、おねがいだ
僕の聞きたいあの言葉を聞かせておくれ
ジョエル:
みんな何もかも良くなりますよ
*
ジーザス・フィーヴァーが病で倒れる
もし彼が死んだら、ズーは行ってしまうだろう
ズー:
いつかはあいつがここに帰ってきて、あたいを細切れにする
床がきしるたびに心臓が止まりそうだ
ジーザス:
あの猫はトービーを殺しやがった
あげくにかかあもガッカリして木からぶら下がっちまった
あまりに寒いというので暖炉をつけると
燕の巣が落ちてきて、雛が声もたてず焼けてしまう
ジーザス:
地獄の責苦というがな
まず水がやってくる
最後に火がくる
なぜわしらがその間にいるのか聖書のどこにも書いてありゃせん
その1週間後、ジーザスは笑いこけながら亡くなった
*
ズーは持ち物を詰め込み、背中に背負いワシントンに行くと言う
ズー:
赤ちゃん 約束するわ
落ち着き次第、あんたを呼び寄せて、一生面倒をみるって
ジョエルにジーザスの立派な剣をあげる
エイミイは何も言わずに出て行ったズーに悪態をつく
エイミイ:
黒んぼってのは! 信用してはだめ
出て行くにしても朝ごはんくらい作ればいいのに
私は乳母日傘で育てられて
師範学校で4年間教育も受けたレディなんですからね
それが孤児や白痴の子守役をするなんて!
ジョエル:ズーはここにいても幸せじゃなかったもの
ランドルフ:
幸せは相対的なものなんだ
いずれミズーリも、自分の見捨てたのが
彼女に相応な場所だったと気づくだろう
常に目を開けている父を見て
他人の心が読み取れるのではないかと恐ろしくなり
もっとサンソムに思いやりを感じて努力すべきだと
罪悪感に悩むジョエル
アイダベルの口笛が聞こえて、ジョエルはサンソムを置いて外に出る
アイダベルの首がミミズ腫れになっている
フローラベルが父に愛犬ヘンリーを撃ち殺させようとして殴り倒してきたという
アイダベル:
一緒に逃げない?
巡回ショーが来てるから
今晩暗くなったら町へ行くの
ジョエルはリトル・サンシャインからおまじないをもらいに行く
アイダベル:
パパは今ごろよぼよぼの警察犬を借りてくるわよ
ずっと前、牢破りの囚人を狩り出したことがあった
でも男は逃げてしまった
以前、2人で水遊びをした池に来ると
向こう岸に渡れそうな腐りかけた板が1本あり、ジョエルが先に行くと
モカシン(毒蛇)がいて動けなくなる
アイダベルはジョエルの剣で叩き殺し、流れていくのを見て
もうおまじないなど必要ないと戻る
*
エイミイ:今日はあたしのお誕生日なのよ
誰も覚えていないことに拗ねて
自分だって子守でもして稼げるんだとこぼす
ランドルフ:君は1月うまれだよ
エイミイはまた自働ピアノを聴きたがり
ジョエルはシェリー酒をもってくるよう言われるが
アイダベルに呼ばれて外に飛び出す
郵便受けにペペ宛ての手紙が戻ってきていて
その筆跡から、エレン宛に手紙を書いたのはランドルフだと気づく
ジョエル:
さようなら、僕のたった1人のお父さん
*
2人が暗い森を歩いていると、2人のニグロが裸で絡み合っているのを見る
ロバータ:
あんたのパパがここへ来て、行方を知らないかって聞いてたよ
姉さんの鼻をへし折って、歯をみんな折ったそうだよ
みすぼらしいメリー・ゴー・ラウンドに乗ることを許されないニグロたちは
その不思議な回転を見守り、乗っている連中よりも楽しんでいる
見世物小屋では、頭の2つある赤ん坊などを見た
アイダベル:可哀想な赤ちゃん
小人のミス・ウィスティーリアは25歳だというがジョエルには信じられない
ミス・ウィスティーリア:
大概の人たちには、こんな所にいないで
ハリウッドに行って、シャーリー・テンプルのスタンド・イン(替え玉)にでもなりゃ
週に千ドルはもらえるって
でも容易な道が必ずしも幸福への道とは限りませんからね
ジョエルはアイダベルがミス・ウィスティーリアに恋をしたと分かる
「僕は君を愛しているんだ」と言いかけてやめる
2人でフェリス観覧車に乗る
ミス・ウィスティーリア:
駆け落ちみたいじゃなくて?
世の中は恐ろしい場所なのよ
一度、私、家を飛び出したの
4人の姉妹がいて、みんな背も高くてキレイで
あたしはあまり小さくて学校にも行かずじまい
今日まで自分の相手になるような小さな人に巡り会えなかった
男の子たちもいずれは成長しなくちゃなりませんもの
それを考えて泣くことがありますの
世の中は恐ろしい場所
彼にも分かっていた
永続性のない世界 何が一体永遠だろうか?
愛こそは不変なんだ
嵐になり観覧車が止まり、下にランドルフが見えた気がしたが
すぐにかき消された
アイダベルはどこを探しても見つからず、建物に入ると
ミス・ウィスティーリアが振り乱して「坊やちゃん」と探しに来たが
姿を現す勇気がなかった
彼女の欲しているものを彼は与えることが出来なかった
ジョエルは病に倒れて、ランディングに戻され
これまで出会った人々の悪夢をいくつも見る
邸は沈む 深く 深く
インディアンの墓より深く
気づくとランドルフが付き添っている
鏡を見ると、子どもっぽさはがっしりした骨組みに変わり
柔らかだった目も堅くなっている
子どもにしては鋭すぎ、男の子にしては美しすぎる
ランドルフをすっかり理解できるような気がした
ある人を発見する過程において、大抵の人は
同時に自分自身の姿を見せつけられる錯覚に襲われる
他人の目は、自己の真の光栄ある価値を反映する
1人の友人を見抜いた喜びを味わうのは
生まれて初めてだった
ランドルフはチャップリンなどの物真似をしてみせた
ランドルフ:
もっと本当に面白いのを見せようか
笑っちゃいけないよ
しかし「また今度ね」とやめてしまう
*
ジョエルはアイダベルから
アラバマ州の消印が押された絵葉書を受け取る
「
パパとFがヘンリーを撃ち殺してしまいました
ママと腹違いのおばさんの家にいます
手紙を書いてちょうだい」
彼女はきっとミス・ウィスティーリアと一緒なんだろう
ランドルフ:リトル・サンシャインが我々に会いたがっている
ここにいようよという苛立ちをジョエルは抑えた
人に頼る身の引け目で口論ひとつ出来ないのだ
怒りは愛情より危険に思えた
己の安全を知る者のみが、その両者を持つことが出来るのだ
アコーディオンの音がして、ズーが戻って来ていることを知る
首のネッカチーフがないことに気づく
ひどく意気消失していた
ジョエル:雪を見た?
ズー:
そんなもの、みんな嘘っぱちのたわけさ!
あたいは1日中歩き通しで道端にへたばりこんじまった
その時、赤いトラックが来て、4人の男が乗っていた
白人が3人とニグロが1人
てっきりあたいを立派な車に乗せてやろうと言い出すかと思った
男は乱暴に彼女を突き飛ばし
「黙らねえと、てめえの脳みそを叩き出すぞ」と言った
パナマ帽をかぶった2人は、水平のズボン、兵隊用のシャツを着ていた
黒んぼはケッグにそっくりだったよ
そいつがあたいの耳に鉄砲をあててんの
服を下まで破いて、パナマ帽の奴らに、さあヤレって言うの
鉄砲の筒を通して神さまの声が聞こえた
ズーよ、お前は道を誤って来てしまった
そいつらが雄山羊みたいに突いてくる間も
あたいは聖句を口ずさんでたの
たといわれ死の影の谷を歩むとも
禍をおそれじ、なんじ我とともに在せばなり、アーメン
運転手は葉巻をあたいのおへそん中へ突っ込んだ
ジョエルは耳をふさいだ
*
ジョエルとランドルフは騾馬のジョン・ブラウンに乗り
リトル・サンシャインのホテルに向かう途中でピクニックした
ランドルフ:
蟻を見ていると、感心させられる
信心深い勤勉さで無心に行進するそのピューリタンな精神
だがそれほど個人を無視した政治機構は
自分に課されたパン屑の運搬を拒んだ者は刺客に狙われるだろう
僕はむしろ孤独なモグラのほうがいいね
真理とか自由などは、心構えの問題だと悟りきったように
独自の道を行くんだ
かつては
綿成金の紳士や、その子どもたち
パラソルをさした婦人たちが乗った馬車が通った道
昔のことだ 草は言った
行ってしまった 空は言った
死んでしまった 森は言った
*
リトル・サンシャインは2人の来訪に驚き
彼から呼ばれたというのはウソだと分かる
ジョン・ブラウンの脚に痰壺を結び付けてロビーに残し
ホテルの中に入ると、シャンデリアは落ち
ピアノはカラカラいうほど荒れ果てている
唯一、ミセス・クラウドの私室だけがキレイに整えられ
リトル・サンシャインはそこで暮らしていた
リトル・サンシャイン:
せんに来た時は随分昔だ
ちょうどこの坊やみたいにちっちゃかったもんだ
火の中を覗き込むと顔形が浮かび上がる
お前はいったい誰なんだ?
ぼくの探している誰かなのかい?
急に馬の音がして見に行くと
恐怖で気が狂ったように暴れ
手綱を引っ掛けて、宙づりになって死んでしまう
*
翌朝、ランドルフとジョエルは歩いてランディングに帰る
過去のものは1羽の小鳥になり
あの池の中の木を指して飛び去ったかのようだ
ジョエルは歌いまくった
彼は愛した
ジョエル:
僕は僕なのさ 僕たちはおんなじ人間なんだよ
しかしランドルフの口許は妙に気味悪く歪んでいる
ジョエルには彼がどんなに無力かが分かった
ひとたび外にただ一人放り出されるや
その無価値の零を描くよりほかにどうしようもないのだ
彼は2度も倒れこみ、ジョエルが助け起こすまで座り込んでいる
*
ランディングに着くとエイミイはズーに鐘を持ち上げるよう命令している
エイミイ:
あなたのものであると同じだけ、あたしのものですわ
そうでないと、あたしは警察に行きます
お願い、ランドルフ
あれをあたしに頂かせて
あたしは家中をきれいにして
あの人もあたしを好いてくれましたのよ
あたしの鏡などを買い取ってくれる
ニューオリンズの店のことを話してくれたの
ニューオリンズからエレンとルイーズが来たのに
ジョエルを待たずに帰ってしまったことを知る
いろんな約束をしたのに忘れたんだ
構わないさ こっちだって忘れてやったから
どこへ行こうが空は空に変わりなく
雲は柱時計よりゆっくり動いた
あたかも彼は頭の中で数をかぞえていて
直感で決めた数までかぞえたので
「さ、今だ」と決心したようだった
彼の心は澄み切っていた
ランドルフの窓から、その女は彼に向かって手招きをした
彼は行かねばならないことを知っていた
彼はふとそこで、なにか置き忘れてきたように足を止め
後に残してきた少年の姿を、もう一度振り返って見るのだった
【あとがき 河野一郎】
1947年 奇怪な1枚の写真が全米の週刊誌や新聞紙に載った
タイム、ライフなどは
「暗黒の文壇の天空に新彗星近づく」と書き立てた
その翌年の今作を彼は24歳の時に書き、異常な反響を呼んだ
「最も完成したアメリカ作家の文壇への輝かしいデビューを見ることになろう」
「
アル中的作品、病的頭脳の妄想に走り、支離滅裂。
強烈な個性は感じられるが、図書館には推薦をはばかる」
と両極端に分かれた
カポーテはほぼ独学
幼少期をニューオリンズの寂しい場所に
大勢の親戚に囲まれて過ごした
慰みにガラスに幻想的な花の絵を描き
後にかなりな収入になったという
ストーリー誌が彼を発見し、マドモアゼル誌に載った
「ミリアム」はO.ヘンリー受賞作品集の載せられた
カポーテは、今作で何を試みたのだろうか?
豊かな傷つきやすい感受性を持つ少年が
自我を発見するまでの精神的成長の途中でたどる
内的葛藤を象徴したものといってよいだろう
彼は詩的に、自在に言葉を曲げ直し
気まぐれとさえ思える影に
周到な計算に基づく言葉の実験をしている
最後の一章は尻つぼみで、ジョエルがふたたび
悪夢の中に捕らえられることが暗示されている
我々は第一次世界大戦の不安な時期に
フォークナー、ヘミングウェイなど
逞しい意欲をもって、戦後の虚ろな社会に
失われた人間性に挑んだことを知っている
そして今、第二次世界大戦後のアメリカもまた
一群の有能な青年作家を生んだ
ノーマン・メイラー、ジェイムズ・ジョーンズ、ネルソン、アルグレン、、
(戦争にも芸術という美しい副産物を生み出す力があるのが皮肉
だが、
戦争文学から出発した彼らの多くは左傾をたどり
不当な沈黙を余儀なくされた
そこに現れた
人間心理追求のカポーテ一派
カルフ・エリソン、ポール・ボールズら
シンクレア・ルイスらに代表される根強い自然主義が
一種の行き詰まりに逢着した後
カフカ、シュールレアリスムの余波を受けて
人間の内奥にひそんだ「遠い声」「遠い部屋」を追究せんと試みる
若い世代の作家たちがなんらかの解答を与えてくれるに違いない
附記:
原題は“Other voices, Other rooms”だが
都合により、邦題は「遠い声、遠い部屋」とした
作家名も、アメリカではカポートだが
すでに我が国ではカポーテで紹介されているのでそれに従った
***
『遠い声、遠い部屋』は邦題として秀逸
そのまま『他の声、他の部屋』だったら
これほどまでに日本で愛読されただろうか
同じ小説でも表記、翻訳は時代、訳者の感性により変わるもの
本当に著者の世界を味わいたいなら、原本を読むしかないものね
「さ、今だ」と言う場面にも大きな記憶違いに気づいて驚いた
ジョエルがこの毎日沈んでいく屋敷からトランクひとつで
出ていく姿で長い間記憶していた
でも実際は、ランドルフが最初に見た亡霊のような女性だったとわかった場面で終わっている
このままではこの少年は日々沈みゆく屋敷の中で一生を終えるようではないか
記憶の歪曲は、私自身の希望だったのかもしれない
最初に読んだ時の苦労は、リンク先の通り
今読むと、当時読んだ時と同じ、泥に年に何cmも沈んでいく邸と人々の
陰鬱さが終始つきまとっている重さは変わらなかったが
ストーリーの流れはシンプルで、あとがきにもある通り
1つの場面に対する異常なまでの描写が分かるけれども
それほどの読みづらさはなかった
広大すぎるアメリカの片田舎に住む没落した金持ちの最後のプライドと幻影
まだまだ普通にはびこる黒人差別の根の深さ
そこでどうにか自分のアイデンティティ、居場所を見つけようともがく
少年の内面が痛いほど伝わる名著であり
素敵な装幀の今作が私の本棚に並ぶ縁に感謝