数日前のマイナス18度だった寒い朝、8時半頃玄関のチャイムが鳴った。見るとAさんだ。急いで玄関を開けて招き入れた。
Aさんは私の家に来たかったのだが、名前を思い出すことができず、住所や電話番号を書いた紙も無くしてしまい、仕方がないので我が家の方角に来てから、数件の家に私の人となりを説明して、家を探して回ったのだという。
住所も名前も分からない人の家を聞かれた方達も困っただろう。でも数件向こうの方が、そのような人ならあの家かも知れないと言って送ってくれたのだという。
私は驚いて居間に通し、暖かいお茶を出した。
長いこと一人暮らしをしてきたAさんとは、1年前に知り合って以来、私が去年中、庭の草むしりや伸び放題の草木の手入れの手伝いをするため何度かお邪魔した友人だ。(家の中で蠅が沢山飛び交っているので、台所を見たら生ゴミが溜まっていた。聞くと何時ゴミに出せばよいか分からないから、と言った事もあった。私にカビが生えたお菓子を出した事もあったので、それ以来時々、私は様子を見に行っていたのだ。)
1時間半程、お喋りをした。
Aさん自身、物忘れが激しくなったと感じていた所、最近、札幌にいる娘さんがやって来て、大学病院の神経内科に認知症の検査を受けに連れて行ってくれたのだそうだ。結果は数日後に出るのだという。
余り顔を見せないと言っていた娘さんも、いよいよ一人暮らしの母親の事が心配になって来たのだろうと思った。はっきり診断が出れば、娘さんに今後の事も考えて貰えるはずなので良かったと思った。
それにしても何の目的で迷いながら私を訪ねて来たのだろうと思ったら、小さな紙切れをポケットから出して「名前と電話番号を書いて欲しい。」といわれた。また、無くしてしまうかもと思ったが、書いて上げた。
やがて何度も「突然来て済みませんでした。」と頭を下げて帰って行った。私は自分の家までちゃんと帰る事ができるだろうかと心配したが、「大丈夫だよ。」というので見送った。
昨日、ある会の新年会でAさんに会った。迎えに来てくれたので出てきたのだと言う。外見では余り違和感は感じなかった。
懇談の時間に私がAさんの傍に行ったら、隣の席の女性が「今度、ボランティアをするための講演会があるのだけれど、参加しませんか。」と言って私を誘った。
するとすかさずAさんが、「ボランティアならもう立派にしているよね。お陰で私は凄く助けられているの。今では私の娘だもの。」と言った。私は娘だと言われて気恥ずかしくなり、苦笑しながらその場を離れた。
認知症の現れ方には波があると聞くが、昨日のAさんは先日とは違って随分しっかりしていた。今年も雪が溶けたらまたAさんの庭を見に行きたいと思う。それまでAさんはその家に居てくれるだろうか。