花好き・旅好き80代北国女性の日記(ブログ開設18年目)

趣味はガーデニングと家庭菜園、外国旅行だが、新型コロナ禍と膝の不調、円安が重なり、今は外国行きは見合わせている。

「ルーマニア・ブルガリア」旅行(7)

2013年06月05日 | 海外旅行「東ヨーロッパⅡ」ルーマニア、ブルガリア
≪ルーマニア/ブラン城観光≫

4日目は、ブラショフの南西30kmのブラン村にある「ブラン城」の見学から始まった。
車窓にはのどかな田園風景が続き、広々とした牧草地に牛や山羊、羊が放牧されているのだった。
次第に「カルパチヤ山脈」が迫って来て、山岳地帯の風景になった。

 

 

  

ブラン村に着いた。チケットを買って「ブラン城」の門をくぐった。
この城はもともとブラショフに攻めてくるオスマン朝軍を発見するために1377年にドイツ商人が建てたものだが、14世紀末に「吸血鬼ドラキュラ」のモデルとなったワラキア公3世「ヴラド・ツェペシュ」の祖父が居城にしたのだった

「ヴラド・ツェペシュ」は、裏切り者やオスマン朝の兵士を串刺しにして処刑し、見せしめにしたと伝えられ、それがおぞましい「吸血鬼ドラキュラ」のイメージに重なったと言われる。現在では国の英雄として称えられている

「ブラン城」は、小さな中庭がある木造4階建ての建物で、王の執務室、居間、食堂、寝室など、部屋はどれも美しく整えられていた。
中庭の向こうに塔を見るベランダからの景色は、開放的で素敵だった。
甲冑や武器を飾った部屋と無数の針が付いた拷問用の椅子も展示されていた。

  

  

  

  
 

「ルーマニア・ブルガリア」旅行(6)

2013年06月05日 | 海外旅行「東ヨーロッパⅡ」ルーマニア、ブルガリア
≪ルーマニア/ビエルタンの世界遺産「要塞教会」≫

「ビエルタン」の町は、「シギショアラ」から南西に27km行った所だった。
オスマン朝の攻撃に備えて丘の上に三重に壁を巡らせた要塞の中に教会が建てられていた。町全体が見渡せる見張りの塔もあった。

  

 

教会の横に「離婚を望む夫婦の部屋」があった。鍵が掛かった4.5畳程の広さで冷たい土の上に半分だけ板が張ってあり、ベッド、寝具、食卓、食器、スプーンなどは1人分しか置いていない部屋だ。
夫婦が牧師に離婚を願い出ると、この部屋に入れられて2週間共同生活をしなければならない。食糧と水は届けられるそうだ。実際に離婚した夫婦はいなかったそうだが、私は離婚を望む女性側にとって、とても残酷な部屋に思えた。

  

城壁で囲まれた教会からバスが待っている駐車場まで5分程坂を下った。
駐車場の近辺に建っている家の屋根を見て驚いた。以前TVの旅番組で放映していた「目がある屋根」だった。
昔、屋根裏に穀物を保存していたため、換気を良くするためにこの様な窓を造ったのだというが、本当に屋根に見られているような錯覚を受けた。
この事にガイドは全く触れなかったが。