教育カウンセラーの独り言

今起こっている日本の教育の諸問題と受験競争の低年齢化している実態を見据えます。

人の話が聞けない? 国語の試験にリスニング導入増える

2008年01月23日 18時03分10秒 | 受験・学校

新聞によりますと音声で流れる説明文や会話文を聞いて、正しい要旨を選んだり自分の考えを記述したりする国語のリスニング・聞き取りを、高校入試に採り入れる自治体が増えている。英語のリスニングは大学入試センター試験にも採用されていますが、国語のリスニング・聞き取りが、高校入試に必要と為ると誰も夢にも思っていないと思います。すでに7県が導入し、2008年春には首都圏で初めて千葉県が加わる。今の学習指導要領が「聞く力」の育成を国語の重要な目標に掲げていることが主な理由だが、「人の話を聞けない生徒が増えた」といった現場の危機感も背景にある。朝日新聞社が全都道府県に取材したところ、青森、島根、岡山、山口、佐賀、鹿児島、沖縄の7県が県立高校入試で国語のリスニングを導入していた。千葉県は2008年春から採用する。広島市では、広島市立の中高一貫校1校が今年の2月の入試で導入する。東京都も、先行県の入試問題を取り寄せて検討を始めている。  問題文と設問をすべて読み上げたり、設問だけは問題用紙に印刷してあったりと出題形式は様々です。一斉放送やプレーヤーを用いる方法は共通している。  全国で初めて県立高校の入試に国語のリスニングを採用したのは1979年の青森県である。「古い話なのでどんな経緯だったか分からない」と担当者は話す。追随する動きもしばらくなかった。 しかし1990年代に入ると、思考力、判断力、表現力などを重視する「新しい学力観」という考え方が学習指導要領に登場。2002年度に施行された今の学習指導要領でも、「大事なことを落とさないように興味を持って聞くこと」「発言を注意して聞き、自分の考えをまとめること」といった聞く力の育成が重要な課題と位置づけられた。こうした流れを受け1900年代に採用が続いた。 私立高校にも広がり、2007年夏の文部科学省の調査では、少なくとも青森9校、山口3校、福島、東京、和歌山、岡山、佐賀、鹿児島の各1校が入試で国語のリスニングの試験をしていた。2006年春から国語のリスニングを岡山県では、県立公立高校入試で課している。岡山県備前市立伊里中学校の国語担当の小田洋子教諭・46歳は、人の話を注意して聞けない生徒が10年ほど前から目立ってきたと感じている。教科書の黙読を指示した直後に「何やったらいいんですか」と尋ねてきたり、時間割りの変更を伝えても「どう変わったんですか」とすぐに聞き返したり。 「社会に出て困るのは生徒たち」と考え、7、8年前から授業で聞き取りの演習をしている。学校の行事案内を盛り込んだ架空の「学校だより」をテープで流し、日時や開催場所、持ち物を聞き取らせる▽随筆を流して大意をつかませたりしている  私立中学校も同じ悩みを抱える。2005年春の入試から採用した大阪府摂津市の大阪薫英女学院中学校は、2007年春の入試で、「担任教師が春休みの読書の宿題について連絡する」という場面から出題した。国語を教える松田正博教諭・59歳は「数年前から宿題や持ち物などの大事な連絡を聞き漏らす生徒が目立ってきた。テレビゲームの普及や少子化で子ども同士の遊びが減り、コミュニケーションをとる機会が減ったのが一因ではないか」と話す。  2002年春から採り入れている大阪府枚方市の東海大付属仰星高校・中等部では、120点満点の国語のうち30点をリスニングに充てているという。 小学校から、英語教育を実施するより各教科の基礎にも為る国語教育に力を入れないと基礎学力低下は益々酷くなるのでは有りませんか。小学校から、日本語を正しく話せ、聞け、書ける教育が今こそ必要なのでは有りませんか。小さい時から、テレビゲームやコンピューターゲームで、友達同士や親御さんとの会話も少なくなり、日本語の言語能力の低下を産み出し居るのではありませんか。この頃のいじめ言葉を見まして何とお粗末な言葉遣いで、日本語として誤った表現ばかりで大人の目から情けなく思います。子供から見れば、いじめ言葉で気を落としたり、精神的なダーメジを受けるのでしょうが。国語教育を受け者から見ますと何と出鱈目な表現で、主語、述語も無く、誰に対して命令しているのか分からない日本語の単語のメールや携帯電話の書き込みです。日本語として通用しない表現で、お粗末きわまりない間違いだらけの日本語です。小さい頃から正しい日本語を学んでいれば、何だこんな日本語として通用しない「いじめ言葉」を使ってと無視し、蹴り飛ばせると思います。こんな状態では、残念ながらいじめられても相談者や親御さんにも心の悩みもきっちりと話せないのでは有りませんか。小学校から、先生と全員で教科書を音読するだけではなく、一人ひとりが、くまなく自分の言葉で、発言出来るような授業形態や勉強法が全教科通じて必要なのでは有りませんか。この頃アルバイトに来る女子高校生でも漢字で書かれた野菜名を読めないし、書けないとスーパーマケットのレジの責任者で元小学校の女性教員の方が言われていました。国際化時代と言われる今こそ母国語としての日本語を皆で正しく学び、日本の伝統文化を子供達に継承し、諸外国に紹介することが日本人としての誇りを持ち、国際理解に繋がるのでは無いでしょうか。

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