『 桐生市立新里東小6年、上村明子さんの自殺を巡り、市教委や学校などが直接面談に応じないと回答したことを受け、明子さんの両親は18日、代理人の弁護士と今後の方針について話し合った。 話し合いを終えた父竜二さん(51)は「当事者であるはずの学校や担任が面談を拒否するのはおかしい」と訴えた一方、今後の方針については「できれば裁判はしたくないが、第三者委員会の調査結果を待つか、待たずに提訴するか迷っている」と話した。
明子さんの両親は学校、市教委、市、県(県教委)の4者に直接面談を求めたが、4者は第三者委員会がいじめと自殺の因果関係を検証していることを理由に、「調査結果が出るまでは、直接面談は差し控えたい」「第三者委員会の状況を見守っていきたい」などと回答した。』
毎日新聞 12月19日(日)12時14分配信
桐生市立新里東小学校の6年生、上村明子さんの自殺が、いじめによる自殺と断定出来るのに学校側も学級担任も面会を拒否するのはおかしいことです。1人の生徒が自殺してたのですから、教育者としての良心が問われています。桐生市立新里東小学校は、義務教育を担う公立小学校として誠意がないのでは有りませんか。子供の命を本当に大切に考えているのでしょうか。いじめによる自殺者は、公表すると子供達が動揺すると言うコメントも来ましたが。公表しないといじめによる自殺も明らかにならないばかりか、教育委員会と学校が馴れ合いで隠蔽され、いじめによる自殺は解決しないままいじめにより自殺した保護者は泣き寝入りです。誰が今度はいじめられるか分からない今の学校でのいじめの実態です。
昔の古い考えではとても対応出来ません。
文部科学省の調査でも実際とは違う報告がなされているのも事実です。教育者として、教育行政の責任者としての誠意ある対応と原因を調査し究明しないと亡くなられた上村明子さんの霊も浮かばれません。川崎市多摩区の市立中学校3年の男子生徒、当時14歳が、今年6月に、「(いじめから)友人のことも護(まも)れなかった」という遺書を残して自殺した息子さんのお父さんが、御自分の気持を書かれたコメントをテレビ朝日ニュース・ステシーョンに寄せられました。、いじめ自殺問題に真剣に取り組んでおられますので、亡くなられた上村明子さんのお父さんも御相談されたらいかがでしょうか。私に頂いたメールを下記に書かせて頂きました。
朝晩、めっきり肌寒さを感じる季節になりましたが、お変わりございませんでしょうか?
いつもお気に掛けて頂き、誠に有難うございます。
また群馬のほうで、痛ましい事件が起こってしまいましたね・・・
実は昨日の夕方、
v asahi|テレビ朝日www.tv-asahi.co.jp)から取材の依頼がありまして、本件についてのコメントを求められました。
ひょっとするとご覧になったかも分かりませんが、午後10時から放送の「報道ステーション」の中で、
本件に対して小生のコメントが紹介されました。
このような事件が起こると、学校はいつも決まり文句のように「イジメは把握しておりません」とか
「イジメはありませんでした」と言います。
ろくに調べもしないで、なぜそのように断言できるのでしょうか?不思議でなりません。
イジメは大なり小なりどの学校、どのクラスでも存在します。これは紛れもない事実です。
「イジメはありませんでした」と発言する輩は、公の場で「自分たちに能力はありませんでした」と
認めているのと同じです。本当に恥ずかしいことだと、なぜ分からないのでしょうか。
「おそらくイジメはあったと思います。私たちはそれを発見することが出来ませんでした。
これからはその反省を踏まえて徹底的に調査をし、事実解明をしたいと思います。」
と、なぜ言えないのでしょうか。
被害者はこの先ずっと一生、愛する我が子を奪われた悲しみと怒りを背負わなければなりません。
何年経てば癒されるとか、何年経てば忘れることが出来る、などということは決してありません。
更に追い討ちを掛けるように、いわれの無い誹謗・中傷に晒され、反省の無い加害者たちに振り回され・・・
何度も何度も苦しみを味わうことになるのです。
起こるべくして起こった不幸から、誰もが目を背けることなく、二度とこのような不幸が
起こらないように、加害生徒には他の生徒と隔離をして、徹底的な教育とご遺族への謝罪を。
被害者ご遺族には、心のこもったアフターケアーを。
学校教師、教育委員会には、早急なる真相解明とご遺族への謝罪を。
各人が、この問題に対して真摯に向き合って行ける環境が作られることを、切に願っております。
ご遺族のお悲しみが癒える日が来ますことを願ってやみません。
明子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
原文は、そのまま引用させて頂きました。